ぜんぶ夏のこと

著者:薫くみこ 絵:下田冬子(PHP研究所)

十一歳の美月は、キャリアウーマンのママと二人で暮らしている。

そのママの仕事の都合で、夏休みに遠い親戚の家で過ごすことになった美月は、ひとつ年下の沙耶ちゃんという少女と出会う。

泳ぎが得意で快活な沙耶ちゃんは、何もかも美月とは対照的。

けれども、そんな沙耶ちゃんには両親がいなかった。

工務店を営んでいる沙耶ちゃんの自宅には、こわいおじいさんが同居していて、美月は、このおじいさんのことが苦手でしかたない。

そんなある日、仕事だったはずの美月のママが突然やってきて、美月と沙耶ちゃんの関係に微妙な変化がおこりはじめる。

美月を迎え入れてくれる、親戚の海のおじさんと海のおばさん。

美月がほのかな思いを寄せるようになる、ヒコーキくん。

そして、どこか心を通わせられないママ。

様々な人たちの中で、美月は、時に怒り、時に笑い、時に涙を流して、少しずつ成長していく。

十一歳の少女の万華鏡のように移ろいやすい心を、女性ならではの繊細な視線で丹念に描ききっています。

一見、何の問題解決もされていないように思える本作ですが、読了後に最初のページに戻ることで、これは美月の回想の物語なのだと再認識させられます。

おそらく自立した奥深い女性へと成長したであろう美月の、遠いひと夏の思い出をふり返るこの作品には、ひとりの少女の前に立ちはだかるこれからの人生の難しさと、それを乗り越えていく尊さが、作者からのエールとなってこめられています。