蝶の羽ばたき、その先へ

著者:森埜こみち 絵:坂内拓(小峰書店)

中学二年生の結は、ある朝、突然のめまいと耳鳴り、それに原因不明の吐き気に襲われる。

学校へ行っても、耳鳴りはいっこうに治まらず、耳が詰まったような違和感に悩まされる結。

それでも、仕事に忙しい母親に心配をかけまいとがまんしていたが、それが、逆にあだとなってしまう。

突発性難聴。

発症後、すぐに治療をしなければ聴力が回復しなくなってしまうこの病気は、結の心と生活に、暗い影を投げかけることになる。

症状が現れたのは、左耳だけだったが、聴力の低下は言葉の識別にも事欠くようになり、しだいに友人たちとの会話もままならなくなっていく。

原因が解明されていない病気だけあって、薬の効果も期待できないまま治療は続けられるが、事態は、悪化の一途をたどるばかり。

そんなある日、ふと立ち寄った公園で、ベンチに座って手話をしている難聴者たちを見つけ、その楽しげな様子に、結は興味をひかれる。

市の社会福祉協議会のホームページから手話講習会や手話サークルの存在を知った結は、「もみじ」という手話サークルに顔を出してみるのだが、そこには、結と同じ突発性難聴で苦労してきた人たちも集まっていた。

多感な思春期に突然降りかかってきた難聴という病に、おびえ戸惑う主人公の姿が、誇張することなく丁寧に描かれている。

手足の障害とちがって、はたからは、その苦しみを理解してもらえない耳の病気。

円滑なコミュニケーションがとれないということが、どんなに苦しく切ないものかを、主人公の目線で緻密に書き連ねてある点が秀逸である。

難聴を隠してきたことが原因で、一度は崩れかけた友人たちとの絆が、より深くなっていく展開も好感が持てる。

第17回日本児童文学者協会・長編児童文学新人賞受賞作品。