「今日は、雨がふるから、かさをもっておいき」
学校へ出かけようとする早苗に、おばあちゃんが言いました。
「だって、小坂山があんなに近く見えるもの」
おばあちゃんは、いつもとなり町とのさかいにある小坂山をながめて、その日の天気を予想します。小坂山は、みかんの木がたくさんなっている低い山ですが、おばあちゃんによれば、「小坂山が手にとどきそうに見えるときは、雨がふる」のだそうです。
「え~っ、やだよ。こんな晴れた日にかさをもっていくなんて、かっこ悪いよ」
早苗は、口をとがらせておばあちゃんに言いかえしました。おばあちゃんの天気予報は、よくあたりますが、さすがに、今日は、まっ青な空に雲ひとつ浮かんでいません。それに、テレビに出てくる天気予報士のおねえさんは、一日じゅう、晴れだと言っていました。
早苗は、お母さんの作ってくれたおべんとうを手さげかばんに入れると、「いってきまあす」元気に家を飛びだしたのでした。
さて、午前の授業がおわりお昼休みのころになると、いつの間にか、空が白くくもっていました。さっきまで、明るい太陽の日ざしが教室の中まで照りつけていたというのに、なんだか、あやしい空もようです。
「チーちゃん、今日、かさもってきた?」
早苗は、うしろの席にすわっているなかよしのチーちゃんにたずねました。
「ううん、もってきてないよ。お母さんが、雨のふる心配はないって」
「そうだよね。ふらないよね」
早苗は、すこしほっとしましたが、そんな話をしているうちにも、空は、どんどん暗くなっていきます。そして、しばらくすると、とうとう、大きな雨つぶがぽとりぽとりと落ちはじめました。
(あ~、おばあちゃんの天気予報があたった・・・)
早苗は、うらめしそうに空を見上げましたが、今となっては、どうしようもありません。しかも、とつぜん、ピカッ!空に、いなずまが走りました。
「わあっ、嵐みたいになっちゃった」
早苗は、なさけない気もちで窓の外をながめました。けっきょく、カミナリは一度だけでおさまりましたが、雨は、いつまでたってもやみそうにありません。
放課後になると、お母さんが車でむかえにきてくれる女の子、かばんを頭にのせて、かえってはしゃいで雨の中へかけだしていく男の子など、だんだん、学校にのこっている子どもが少なくなっていきました。
早苗は、チーちゃんとくつ箱の前に立って、とほうにくれていました。
「こまったなあ、チーちゃん、走って帰ろうか?」
「うん、でも、ずぶぬれになっちゃうね」
二人がため息をついたときでした。早苗の名前を呼ぶ、おばあちゃんの声がおもてから聞こえてきました。
「早苗、まったかい?」
「おばあちゃん!」
「ほれ、かさを持ってきてやったから、いっしょに帰ろ」
おばあちゃんは、茶色の自分のかさをさしながら、手に早苗の赤いかさをもっていました。でも、これでは、チーちゃんが帰れません。
「チーちゃん、わたしのかさをかしてあげるよ」
「ほんとに?でも、早苗ちゃんはどうするの?」
「だいじょうぶ、わたしは、おばあちゃんのかさにいっしょに入れてもらうから」
早苗がそう言うと、おばあちゃんも、「そうだ、それがいい」と笑顔になりました。
チーちゃんとわかれてから、早苗はおばあちゃんにぴったりとよりそって学校を出ました。おばあちゃんのかさは大きくて、こうしていれば、ぬれずにすみます。
「おばあちゃん、ごめんね。おばあちゃんの言うことを聞いていれば、こんなことにならなかったね」
早苗は、おばあちゃんにあやまりました。やっぱり、おばあちゃんの天気予報は最高です。テレビよりも、新聞の天気予報よりも最高です。
けれども、おばあちゃんは、うれしそうに目を細めてこたえました。
「そうかねえ。わたしゃ、ひさしぶりに早苗とあいあいがさになれて、とってもうれしいよ」
早苗は、ほっぺたを赤くしました。ほんとうに、おばあちゃんの言うとおりです。おばあちゃんとのあいあいがさがうれしいのは、早苗だっておなじです。
だいすきなおばあちゃん。いつまでも、ずっとずっと、元気でいてね。
雨が少しだけ、弱くなってきました。遠く東の雲のすき間に、うっすらと青空が見えています。明日は、きっと晴れるにちがいありません。