こんこんパン屋さん

かなえさんのパン屋さんは、村でいちばんおいしいと評判のお店です。

かなえさんは、まだ若い女の人でしたが、三年前にパン職人だったお父さんを病気で亡くしてから、ひとりでお店をついだのです。

もともと料理が得意だったし、子どものころからお父さんがパン生地をねるのを見て育ったものですから、かなえさんは、すぐにパン作りの名人になりました。

お店の名前は、「こんこんパン屋さん」

赤いとんがりお屋根に白い煙突のついた、とてもかわいらしいパン屋さんです。

「こんこんパン屋さんなんて、なんだか変わった名前ねえ」


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はじめてのお客さんの中には、そんなふうに言う人もあるけれど、昔からのなじみのお客さんたちは、「パンを買うなら、こんこんパン屋さんでなくっちゃ。それも朝いちばんの焼きたてがいいのよ」と思ってくれています。

でも、この「こんこんパン屋さん」という名前がどうしてつけられたのか、今ではかなえさんしか、その理由を知りません。


×    ×    ×


まだ、お父さんが元気で、この村でパン屋さんをはじめたばかりのころのことです。


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そのころは、かなえさんのお母さんもまだ生きていて、となり町からひっこしてきたばかりのかなえさんの家族は、おいしいパンを村の人たちに食べてもらおうとはりきっていました。

お父さんとお母さんは、朝早くからいっしょうけんめい働いて、かなえさんも学校から帰ってくるとお店のおてつだいをしました。

そんな、ある寒い夜のこと。

閉まったばかりのお店のとびらを、だれかがトントンとたたきました。

「すいません。今日のパンは、みんな売りきれてしまいました。また、明日おこしください」

お母さんがそうおわびすると、とびらの向こうから声が聞こえます。


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「そこをなんとかお願いできませんか?子どもたちに食べさせてあげられるものが、何もなくて」

お父さんとお母さんは、顔を見あわせました。

子どもに食べさせてあげるものがないのでは、大変です。

とびらを開けると、そこには、なんと、きつねのお父さんとお母さん、それに小さなきつねの女の子と、それよりもっと小さなきつねの男の子が立っていました。

服だけは着ていますが、きっと、おなかがすきすぎて、ちゃんと人間に化けることができないのでしょう。

みんな、つかれきったようすで、ずいぶんやつれた顔をしています。


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「何もなければ、パンの耳だけでもわけてもらえませんか?おなかがすいてしまって、こまっています」

お父さんきつねが、ぺこんと頭を下げました。

かなえさんは、びっくりしましたが、お父さんとお母さんは、なんでもないという顔をしています。

お父さんは、寒さに体をふるわせている子ぎつねたちを見ると、

「それでは、こちらへどうぞ。あたたかなだんろがありますからね。しばらく、体をあたためていてください」

と言いました。

それから、調理場に入ると、冷蔵庫にのこっていた材料をつかって大急ぎでサ


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ンドイッチを作りました。

てっきりパンの耳を食べるつもりでいたきつねの親子は、お父さんの出したサンドイッチを見て大よろこびです。

「これをいただけるんですか?いいんですか?」

「どうぞ、どうぞ。うちは、パン屋です。お客さまにパンの耳だけお出しするなんてできません。さあさあ、せっかくだから、ここでおあがりなさい。今、あたたかいミルクも入れますね」

きつねの親子は、うれしそうにサンドイッチをほおばりました。

男の子のきつねにサンドイッチを小さくちぎってあげている女の子のきつねは、もしかしたら、かなえさんと同い年くらいかもしれません。


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「おいしいね、おいしいね!」

そう言って、いっぱいの笑みを浮かべている男の子のきつねから、目を上げた女の子のきつねは、かなえさんの顔を見ると、お礼をするようにニッコリと目を細めました。


それから、何年もたち、かなえさんは大人になりました。

大好きだったお母さんが病気で亡くなり、お父さんも天国へ行ってしまいました。

お店には、今もたくさんのお客さんが来てくれますが、ときどき、かなえさんは、ひとりで働いているのが、どうしようもなくさみしくなってしまうことが


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あります。

そんなとき、お店の看板を見上げては、あのときのきつねの親子のことを思いだすのです。

「こんこんパン屋さん」とは、お父さんとお母さんがつけた名前です。

かなえさんの家の苗字は、「石川」だったので、最初は「石川パン店」と呼んでいたのを、きつねたちが、あまりにもおいしそうにサンドイッチを食べてくれたことから、「こんこんパン屋さん」という名前に変えたのです。

(あの子たちは、どうしているかな?)

ときどき、かなえさんは考えます。

あのとき、お父さんきつねは、「今夜は、たいへんごちそうさまでした。本当


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においしいサンドイッチでした」と言って、代金をお札ではらいました。

きっと、木の葉か何かだろうなとかなえさんたちは思いましたが、もちろん、そんなことは口に出しません。

きつねの親子が、なんどもお礼を言って店から出ていってしまうと、しばらくしてからお札の形が変わりはじめました。

けれども、お札が白いけむりとなって消えたあとに残ったのは、木の葉ではなく美しいみどり色の小石でした。

「これは、ヒスイだ。サンドイッチ代にしては、ずいぶん高価なものをおいていってくれたものだ」

お父さんは、ヒスイを目の上にかざして、おどろいた顔をしていました。


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このヒスイは、今もかなえさんのもとにのこっています。

毎日のようにながめては、さみしい気もちをいやしてくれる、かなえさんの宝物です。


×    ×    ×


ある木枯らしの夜。

お店を閉めてからしばらくたった調理場で、この日も、かなえさんは、きつねの親子がくれたヒスイをながめていました。

なんだか、今日はとてもつかれてしまって、晩ごはんを食べる気にもなりませ


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ん。

かなえさんは、最近、こんなふうに何をするのもつらい気もちになってしまうことが多くなりました。

お父さんとお母さんが残してくれた「こんこんパン屋さん」。

でも、かけがえのないお父さんとお母さんは、今はもう、この世にはいません。

かなえさんは、けっして弱虫な女の子ではありませんでしたが、それでも、やっぱり、家でいっしょに泣いたり笑ったりしてくれる家族がほしいのです。

すると、そのとき。

トントンと、店のとびらをたたく音がしました。


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「すいません、今日は、もう店じまいなんです。明日、おこしいただけますか?」

かなえさんがおわびをすると、

「そこをなんとかお願いできませんか?食べるものがなくて、おなかがペコペコなんです」

と、とびらの向こうから若い女の人の声がします。

かなえさんは、「あれっ?」と思いました。

これとおなじことがあったのを、すぐに思いだしたのです。

もしかしたら・・・。

かなえさんが店のとびらを開けると、そこには、かなえさんと同い年くらいの


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女の人と、彼女より少し年下くらいの男の人が立っていました。

かなえさんには、すぐにわかりました。

人間のすがたに化けているけれど、二人は、あのときの女の子のきつねと男の子のきつねにちがいありません。

「あの、前にも、こんなふうに来られましたよね?」

かなえさんがそうたずねると、二匹は、顔を見あわせてはずかしそうに笑いました。

「ばれちゃいましたか?そうです、わたしたちは、以前あなたがたにおせわになったきつねの姉弟です」

お姉さんきつねのこたえを聞いて、かなえさんの心は、太陽が顔をだしたよう


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にパアッと明るくなりました。

会いたいと思っていたきつねのお客さんが、また、こうしてたずねてきてくれたのです。

「さあ、あたたかいお部屋へどうぞ。今、すぐにサンドイッチをつくりますからね。そうだ、あのときとおなじように、温かいミルクも入れましょうね」

かなえさんは、大はりきりで、まな板に向かいました。

ハムを切って、チーズを切って、新鮮なレタスをシャキシャキと洗って・・・。

「今日は、お父さんとお母さんは、どうしたんですか?」

かなえさんがたずねると、お姉さんきつねは言いました。


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「もう、亡くなってしまいました。今は、弟と二人だけです」

サンドイッチを作っていた、かなえさんの手が止まりました。

「そう。じゃあ、うちと同じですね。わたしも、今はもうひとりきり」

あれから、ずいぶんな年月がたったのです。

かなえさんもきつねたちも、やさしかったお父さんやお母さんたちは、みんな天国に行ってしまって、自分たちだけがのこされてしまいました。

ポットが、コトコト音をたてています。

あたたかいだんろの前で身をよせあって、お姉さんきつねと弟きつねは、かなえさんの言葉に耳をかたむけています。

「そうだ、ヒスイが」


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かなえさんは、サンドイッチと湯気の立ちのぼるミルクカップを、テーブルにおきながら、エプロンのポケットからヒスイをとりだしました。

きつねたちは、目をまるくしました。

「それは・・・」

「お父さん、サンドイッチのお代にしては高価なものをもらったって言ってました」

「まだ、とっておいてくれたんですか?」

「ええ、わたしの宝物。もう一度、あなたたちが来てくださらないかって、いつも思っていたんですよ」

かなえさんは、それからとびっきりの笑顔で言いました。


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「さあ、たくさんめしあがれ。わたしの特性サンドイッチ。お父さんのように、おいしくできているかしら?」

お姉さんきつねと弟きつねは、サンドイッチに手をのばそうとはしませんでした。

お姉さんきつねは、小さな声でたずねました。

「どうして、きつねのわたしたちに、こんなにおいしいサンドイッチを作ってくれるんですか?わたしたち、人間じゃないのに」

「だって、おなかがすくのは、人間だってきつねだって同じだもの。それに、おなじ食べるなら、おいしいほうがいいでしょ?」

本当にかなえさんは、そう思っていました。


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おなかがすいて、自分の焼いたパンをおいしいと言って食べてくれるものすべてのために、かなえさんは、パンを作ってきたのです。

きつねたちは、何かを考えるふうで、かなえさんを見つめていましたが、やがて「いただきます」をしてサンドイッチをほおばりました。

かなえさんも、自分の分をほおばりました。

みんなでひとつのテーブルをかこんで食事をするのって、こんなにもおいしく、楽しく、うれしいことなんだ。

だれもが、そんなことを考えていました。

「本当においしいサンドイッチでした。お父さんのサンドイッチにも負けないくらい。ごちそうさまでした」


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お姉さんきつねはそう言うと、弟きつねとうなずきあってから、かなえさんに言いました。

「今日は、お礼にそのヒスイの本当の使いかたを教えますね。さあ、かなえさん、わたしたちと手をつないで。かなえさんに、この世界でもっとも美しいものを見せてあげましょう」

言われるままに、きつねたちの手をとりながら、かなえさんは、何がはじまるのだろうと思いました。

そして、頭の上にヒスイを乗せたお姉さんきつねが、ぼんっと白いけむりになったかと思うと、かなえさんは、金色に光る大きな大きなカササギの背中に乗っていました。


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いえ、じっさいは、かなえさんのほうが小さくなったのかもしれません。

だって、飲みおえたばかりのミルクカップが、バケツのように大きく見えるのですから。

うしろで、やっぱり小さくなった弟きつねが、落っこちてしまわないように、かなえさんを支えてくれています。

「さあ、こわがらなくてもだいじょうぶですからね。これから、お月さまにごあいさつに出かけましょう」

「お月さまに?」

かなえさんを乗せたお姉さんカササギは、店の窓から、月夜の青い空に向かって飛び立ちました。


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赤いとんがり屋根をこえて、白い煙突も下にながめて、かなえさんたちは、雲の流れる夜空をぱたぱたとのぼっていきます。

山の向こうから、たくさんの町の明かりが見えてきました。

遠く海に浮かぶ、漁船のいさり火もきらきらと輝いています。

それに、金色に光るまんまるのお月さま。

それは、お姉さんきつねが言ったとおり、この世界でもっとも美しい平和な風景でした。

町の明かりのひとつひとつの下では、たくさんの人たちが生きているのです。

みんなで、晩ごはんを食べている家族もいるでしょう。

お仕事から帰ってきたお父さんに、遊んでもらっている子どもたちもいるでし


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ょう。

いろんな人たちが、いろんな形で生きている。

だから、世界は美しいのかもしれません。

「本当は、わたしたち、あなたのおてつだいができないかと思って来たんです。お父さんとお母さんが亡くなってから、あなたがひとりでがんばってきたすがたを、わたしたちは、遠くからずっと見てきました」

カササギになったお姉さんきつねは、つばさを羽ばたかせながら言いました。

「わたしたち、あなたのお役に立ちたいんです。だから、これから、あなたのお店をてつだわせてもらえませんか?」

「こんこんパン屋さんを?」


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お姉さんきつねの言葉に、かなえさんは、はっと胸をつかれました。

きつねたちといっしょにパン屋さんができるなんて、こんなにすてきなことはありません。

でも、それよりもかなえさんの心をときめかせたのは、いっしょに生きる仲間ができたということでした。

それは、本当にかけがえのない、世界でいちばん大切なものにちがいないのです。

「もちろん!こちらからもお願いします!」

そう言っておじぎをしてから、かなえさんは、ひらめいたようにつづけました。


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「そうだ、もしもですよ。もしも、あなたたちがいやでなかったら、今日からあなたたちも、わたしの家に住んだらどうかしら?ほんものの家族みたいに。わたし、もう、ひとりぽっちはいやなの・・・」

「でも、それではかなえさんにご迷惑をかけてしまいます。わたしたち、きつねだもの」

お姉さんきつねは、少し声を落として言いました。

「そんなこと、ぜんぜんかまわないわ。きつねさんたちと暮らしている女の子なんて、世界中にも、そんなにはいないでしょうから」

かなえさんは、きっぱりとこたえました。

かなえさんの頭の中では、もう、きつねたちとの毎日の生活が思い描かれてい


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るのかもしれません。

かなえさんが「ね?」と片目をつぶって笑いかけると、きつねたちも思わず笑ってしまいました。

これで決まりです。

これから、かなえさんときつねたちの、新しい「こんこんパン屋さん」がはじまるのです。

お月さまが、かなえさんたちの明るい笑顔を見守っています。

ぽっかりと浮かんだわた雲が、月明かりに照らされて、高い空をワルツをおどるように流れていきます。



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×    ×    ×


こうして、「こんこんパン屋さん」は、本物のきつねがパン作りをおてつだいする、世界でただひとつのパン屋さんになりました。

もちろん、お姉さんきつねと弟きつねは、お店では人間に化けています。

お客さんもますます増えて、かなえさんたちは、毎日、大いそがしです。

そうして、いっしょに働いて、いっしょにごはんを食べて、お休みには、いっしょにお出かけをして・・・。

もう、かなえさんもさみしくありません。

きつねたちも、食べものがなくて、ひもじい思いをすることもなくなりまし


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た。


人間ときつねが、いっしょに暮らしているなんて、変だと思うでしょうか?

でも、すがたや言葉がちがうというだけで、仲よくできないことのほうが、本当は変なのかもしれません。

みなさんも、パンを食べたくなったら、ぜひ、この「こんこんパン屋さん」を探してみてください。

え?どうやって、探すかって?

それは、ヒスイを頭の上に乗っけたきつねと、お友だちになればかんたんです。


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そして、空の上から、白い煙突のある、赤いとんがり屋根のパン屋さんをみつけだしてください。

そこでは、かなえさんときつねたちが、とびっきりのふかふかパンを焼いて、みなさんをむかえてくれますよ。

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