ユウくんは、砂あそびが大すきな一年生です。シャベルとバケツをつかって、お山を作ったり、トンネルをほったり。砂あそびなら、一日じゅうやっていてもあきない、ユウくんは、そんな男の子でした。
ある日のことです。学校がおわって家にランドセルをおいたユウくんは、ひとりで公園にやってきました。クラスメイトのケンタくんとヨッちゃんも来ることになっていましたが、まだのようです。
公園には、もちろん、砂場があります。ユウくんは、ひとりで砂場にすわって、お山を作ることにしました。
公園に来るときは、いつだってシャベルとバケツをもってきていましたから、ユウくんは、さっそく水のみ場の水をバケツにくみにいきました。かわいた砂をかためるのに、水が必要だからです。
ところが、水のみ場にやってきたユウくんは、そこにころがっていた緑のバケツを発見しました。ひろいあげてみると、なあんだ、そこに大きなあながあいています。だれかが、すてていってしまったのでしょうか?
けれども、バケツのあなをのぞきこんだユウくんは、びっくりしてしまいました。だって、冬だというのに、あなのむこうに見える公園のさくらの木には、たくさんの花が咲いているのです。
「あれれ?」
ユウくんは、今度は、バケツをとおさずにさくらの木を見ました。やっぱり、花なんて、どこにもありません。それでも、もう一度、バケツをのぞきこむと、さくらの花はたしかに咲いています。なんて、ふしぎなんでしょう。
「魔法のバケツだ!」
ユウくんは、大よろこびでさけびました。すると、うしろからわかい女の人の声が聞こえました。
「あっ、こんなところにあった!」
ユウくんがふりかえると、さくら色の着物すがたのきれいなおねえさんが立っています。
「これ、おねえさんの?」
ユウくんがバケツをさしだすと、おねえさんは、にっこり笑ってもっていたひしゃくを見せました。
「これで中身をすくってまいていたんだけど、落としちゃったの。あ~あ、あながあいてる」
おねえさんは、バケツをのぞきこんで、こまったように言いました。
「あなたがひろってくれたのね、ありがとう。でも、これじゃ仕事にならないわね」
「何をまいていたの?」
「春の風よ。さくらの花がたくさん咲くようにね」
「え~っ?」
ユウくんは、びっくりしました。バケツに入った春の風をひしゃくでまく人なんて、聞いたことがありません。
けれども、バケツのそこのあなをとおせば、今でもさくらの木に花が咲いているのが見えるのですから、きっと、おねえさんの言うことはほんとうなのでしょう。
「ぼくに何かできる?」
ユウくんは、よわり顔でバケツをながめているおねえさんに言いました。おねえさんは、とてもこまっているようでしたから、なんとか力になってあげたいと思ったのです。それに、ユウくんは、やさしく声をかけてくれたおねえさんのことが、たちまち大すきになってしまったのでした。
おねえさんは、うれしそうな笑顔になって、「それなら、ひとつだけおねがいしちゃおうかな」と言いました。
「わたしが、たかいたかいをしてあげるから、バケツのそこから手をのばして、さくらの花びらを一まいだけとってほしいの」
「それだけでいいの?」
「ええ、人の手をかりれば、きっとだいじょうぶだと思うわ」
ユウくんとおねえさんは、さくらの木の下まで行って、枝を見上げました。たかいたかいをしてもらうと、ユウくんの小さな手でも、いちばん低い枝にとどきそうです。
バケツのあなに手をとおして、そのむこうにあるさくらの花びらにふれてみました。やっぱり、あなの先は春のようです。指先がポカポカとあたたかいのを、ユウくんは、はっきり感じました。
「さあ、つかまえた」
ユウくんが、さくらの花びらを一まいだけとったときです。ユウくんにたかいたかいをしていたおねえさんも、もっていたはずのあなのあいたバケツも、いっしゅんにして消えてしまいました。
ユウくんは、地面に落ちてしまいました。けれども、さくらの木の下ではありません。公園のすみにあるベンチの下で、ユウくんは、ねぼけまなこをこすりました。
「あははは、何やってんだ?いねむりしてベンチから落ちるなんて」
大きなわらい声にユウくんが顔を上げると、ケンタくんとヨッちゃんが立っています。
「あれ、おねえさんは?あれえ?」
ユウくんが、あたりをキョロキョロ見まわすと、ケンタくんとヨッちゃんは、ますます声をあげてわらいました。
どうやら、ユウくんは、夢を見ていたようです。せっかく、おねえさんのおてつだいができたと思ったのに、がっかりです。
「でも、こんなさむい中で、よくねむれるなあ」
ケンタくんが感心したように言うと、ヨッちゃんもうなずいていました。たしかに、空気は、まだまだつめたくて、とてもおひるねができるような陽気ではありません。
ユウくんは、立ち上がろうとして、さっきからとじていた手のひらをひらきました。
そのときです。ユウくんは、「あっ」と小さな声をあげました。なぜなら、ユウくんの手のひらには、さくらの花びらがあったのです。これは、まちがいなく、おねえさんにたかいたかいをしてもらってとった花びらにちがいありません。
(もしかしたら!)
ユウくんは、さくらの木にむかってかけだしました。
「どうしたの?」
ケンタくんとヨッちゃんが、ふしぎそうな顔をしてついてきます。
「ほら、やっぱり」
立ち止まって見上げたさくらの木の枝には、小さなつぼみがいくつもついていました。春が、近くまでやってきているのでしょう。
ユウくんは、うれしくなりました。きっと、あのおねえさんは、ユウくんたちには見えないところで、バケツに入った春の風をまいているにちがいありません。
春よこい、春よこい・・・。
どこかから、おねえさんの歌うような声が、聞こえたような気がします。
それは、ユウくんのつめたい耳にあたる、ほんのりとあたたかい南風の音だったのかもしれません。