カナちゃんは、わたしの三さいになる妹です。
カナちゃんは、まだ、文字がよめませんが、絵本がだいすきでした。
わたしは、おつとめにでているおかあさんのかわりに、学校からかえってくると、カナちゃんのために、絵本をよんであげます。
きょうは、学校の図書室で、はいったばかりのあたらしい絵本をかりてきました。だいめいは、「首のながいゾウさんと、はなのながいキリンさん」です。
わたしが家にかえってくると、カナちゃんは、いきおいよくわたしにとびついてきて、「おねえちゃん、きょうは、なんのおはなし?」と目をキラキラかがやかせています。わたしが、かりてきた絵本をランドセルからとりだすと、「わーい、わーい、うれしいな!」とおおよろこびでした。
キッチンのテーブルでおやつのプリンをたべてから、さっそく、二人のこどもべやで絵本をよみはじめました。
「むかし、むかし、首のながいゾウさんと、はなのながいキリンさんがいました。あるとき、ゾウさんがキリンさんにむかっていいました。『きみはいいなあ。はながながいから井戸のそこの水だって、いっぱいのめるじゃないか』」
カナちゃんは、目をまんまるにさせて、絵本にくぎづけです。
さいしょの一ページがおわり、つぎのページへうつろうとしたときでした。カナちゃんが、とつぜんいったのです。
「もう一回、よんで」
「え?」
「おねえちゃん、もう一回、おなじとこよんで」
わたしのよみかたが、わかりにくかったのでしょうか。わたしは、いわれたとおり、おなじところをもう一回よみました。カナちゃんは、まんぞくしたようにフムフムとうなずいています。
つぎのページへすすみました。こんどは、カナちゃんにもわかりやすいようにと、ゆっくりはきはきした声でよんでいきました。
「するとキリンさんがゾウさんにいいかえしました。『きみこそいいじゃないか。だって、たかい木のうえにある木の実をたべられるんだもの』」
カナちゃんは、むちゅうになって絵本のおはなしにききいっています。ところが、そのページがおわりになると、カナちゃんは、また、「もう一回よんで」をくりかえしました。
わたしは、また、おなじところをよみました。でも、よみながら、どうしてカナちゃんは、「もう一回よんで」をくりかえすのだろうとふしぎに思いました。
「そこでゾウさんとキリンさんは、神さまのところへでかけていって、おたがいの首とはなをつけかえてもらうようにたのみました。神さまは、こころよく二人のねがいをかなえてくれました。ところが、どうでしょう。はなのながくなったキリンさんは、木の実をたべられなくなり、首のながくなったゾウさんは、井戸の水がのめません」
わたしは、こんどこそしっかりよめたはずだとカナちゃんの顔をのぞきこみました。けれども、やっぱりカナちゃんは、「もう一回よんで」とわたしにせがみます。
わたしは、だんだんめんどうになってきました。おなじところをよむのは時間がかかるし、わたしだって、はやくつづきをよみたいのです。
でも、そのとき、はたらきに出ることになったおかあさんとやくそくしたことばが、あたまにうかんできました。
「カナは小さいから、おかあさんがおつとめに出ているあいだは、おねえちゃんのあなたが、カナのめんどうをみてあげてね。おかあさん、あなたのこと、とってもたよりにしているの」
たよりにしているといわれたからには、がんばらなければなりません。わたしは、もんくをいいたいのをがまんして、カナちゃんのいうとおりにしてあげました。
「『え~ん、こんなことなら、もとのままのほうがよかったよお』ゾウさんとキリンさんは、おたがいのことをうらやましがったりしなければよかったとこうかいしましたが、一度ながくなったはなと首は、もう、二度ともとにはもどりませんでした。おしまい」
わたしは、いつもよりたくさんの時間をかけて、ようやくきょうの絵本をよみおわりました。
ふう、やれやれ。
わたしが一息ついていると、びっくりしたことにカナちゃんが絵本をもって、「こんどは、わたしがおねえちゃんによんだげる」といいました。
カナちゃんは、まだ、文字がよめません。わたしは、「どうやってよむの?」と質問しようとして、ハッとなりました。
カナちゃんは、「いま、おねえちゃんがなんどもよんでくれたから、わたし、どんなおはなしだったかおぼえてるの」といって、とくいげな顔をしました。
そうなのです。カナちゃんは、わたしに絵本をよんであげたかったのです。
「いつも、おねえちゃんがよんでくれるの、カナとってもたのしいから、おねえちゃんも、たのしくさせたげるね」
カナちゃんは、たどたどしく絵本をよみはじめました。口からでてくることばと、絵本のページにかかれた文字とは、まったくちがっていましたが、カナちゃんのいうとおり、たしかに、内容はおなじでした。
けれども、最後だけがちがっていました。カナちゃんは、
「はなのながいゾウさんは、キリンさんのために水をくみ、首のながいキリンさんは、ゾウさんのために木の実をとってあげるようにしました。そうして、二人は、いつまでもなかよく暮らしましたとさ」
そうつけくわえました。
わたしが、「あれ、そこだけはなしがちがうよ」というと、カナちゃんは、「だって、このままじゃ、ゾウさんもキリンさんもかわいそうなんだもん」とこたえました。
わたしは、はなのおくがツーんとしていたくなりました。
おかあさんがいなくてさびしいけど、カナちゃんといっしょなら、へいきだな。
わたしは、すこしだけにじんだ絵本のページを見つめながら、そんなふうに思いました。
わたしは、絵本をよみおわったカナちゃんに、はくしゅしてあげました。そしたら、カナちゃんは、てれくさそうにえへへとわらって、はなの頭をゆびでこすりました。
あけた窓のむこうから、春のそよ風がふんわりとふきこんできます。ピンポーンというチャイムの音といっしょに「ただいまあ」というおかあさんの声がきこえてきました。
「あっ、おかあさんだ!」
わたしとカナちゃんは、おおよろこびで、おかあさんのおむかえにいきました。
とびはねていくカナちゃんのうしろをおいかけながら、わたしは、おかあさんに、
「きょう、カナちゃんが絵本をよんでくれたよ」
そうおしえてあげようと、こころのなかで思っていました。