第十章

まさに弾丸、いやロケットと化したソラは、ただ、ユカの無事だけを祈りながら空を飛んでいた。

行先は、さっきの通信から逆探知できている。たちまち、視界の彼方に山のような巨人の姿が飛び込んできた。巨人は、雲にかかるほどの体で仁王立ちとなり、手にしたバスを握りつぶそうとしている。

「うわぁぁぁっ」

ミシミシと音を立ててきしむバスの車体に、中の子供たちが悲鳴をあげる。

「お母さ~んっ!」

その悲痛な叫びの中、ユカの祈りがソラの脳裏に届いた。

「ソラちゃん!助けて!」

ソラの怒りがマックスに達したのは、この時であった。

「やめろおぉぉぉぉっ!」

全身が青い炎となるまで加速したソラの放つ大音声に、巨人が振り返った。こうなることを待っていたかのように、バスを放り投げ、先制のパンチを放つ。

ソラは、残像が残るほどの驚異的なフェイントでこれを避け、ユカたちの乗っているバスの車体を受け止めた。「そおっとじゃぞ」という老師様の忠告をしっかり守り、生卵をつかむ感覚で優しく。

「ユカちゃん!」

割れた窓の外から呼びかけると、恐怖で目を固く閉じていた子供たちの中から、ユカだけが、顔を上げる。

「ソラちゃん?」

一瞬、その目が、母親を見ているかのような、なつかしい光に満ちた。そして、直後に喜びを爆発させた。

「ソラちゃん!」

よかった!本当によかった!ユカは、無事だ。他の子供たちも、みんな、ケガもしていない。

でも、それに加えてさらにすごいことがある。ソラは、言った。

「ユカちゃん、歩けるようになったんだね!」

「えっ・・・」

ユカは、ソラのもとへ駆け寄りながら、その自分の行動にびっくりしている。

「ほんとだ。わたし、立ててる・・・」

目のくらむような巨人に襲われて、足のことを忘れていたのだろう。ユカは、自分のことよりクラスメイト達を励ますのに必死だったのだ。

「ソラちゃん、わたし、立てたよ!」

思わずソラの首に抱きついて、ユカは叫んだ。その青空を反射させた水晶のような美しい瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれた。

世界には、こんな不思議なことが起こりえるのだ。その不思議さは、メデューサが魔法のような技で次々と災害を起こしたり、信じられないような巨人を作り上げた不思議よりも、はるかに大きい。

「立てた!立てたようっ!」

ユカは、小鳥のように繰り返した。

「うん、立てたんだよ!」

ソラも、一緒になって笑った。

はっきり言って、今この瞬間、二人の頭からは、巨人のことも、それを操る魔女メデューサのことも消えていた。もう、まったりと平和な世界が二人の間に出来上がっている。

それを、巨人のコクピットから見ていたメデューサとジンドは、完全に自分たちの存在が忘れ去られていることに唖然とし、それから猛烈に腹を立てた。巨人は、メデューサが手動で動かすロボットだったのだ。

「ど、どうします。メデューサ様?」

となりのジンドが、メデューサの機嫌をうかがうようにおずおずと尋ねた。

「おのれ、こしゃくな小娘め!」

メデューサの方は、ブルブルと唇を震わせて怒りをあらわにしている。

「さっきから思ってるんですが、あの子、パットマンじゃありませんね。元の中学生のままにしか見えないんですが」

「わたしにだって、そうだ。いったい何がおこったというのだ?」

「さあ~、あの変身ベルトには、まだまだ謎な部分がいっぱいありますからねえ」

「まさか、あれが、あやつの最終形態だというのか?」

メデューサは、吐き捨てるように言ってから、くやしそうに歯ぎしりをした。強く歯ぎしりしすぎて、きれいな歯が折れてしまいそうだ。

「少しここで待っていてね。あの巨人をやっつけてくるから」

ユカが無事なら、もう、何も恐れるものはない。ソラは、バスをそっと離れた道路の上に降ろすと、もう一度、ユカに笑いかけた。

「お兄ちゃんは無事だよ。おじさんとおばさんは、少しケガをしているけど、お兄ちゃんが助け出した。二人とも、ユカちゃんに辛く当たってきたことを、すごく反省してたよ。だから、もう、今までのように悲しい思いをしなくていいんだよ」

「・・・・・」

「ユカちゃんは、とっても、いい子なんだ。そして、だれよりも強くて優しい子なんだから」

ソラの言葉に、ユカは、ゆっくりとうなずいた。その瞳が、大きく揺れている。

「ありがとう、ソラちゃん」

ぽつりとこぼしてから、つけ加えた。

「ソラちゃんも、いい子だよ」

「・・・・・」

「それに、お兄ちゃんもいい子。二人とも、悪いことなんか、何もしてない。絶対に悪くなんかない!」

最後は、叫ぶようだった。ユカには、わかっていたのだ。ソラの苦しみ。セイジの苦しみ。罪の意識にさいなまれる人の心を、この小さな女の子は知っている。

まったく、かなわないなと、ソラは思った。そして、セイジとユカ、この二人の兄妹に出会えて本当によかったと、心の底からつくづく実感した。

「がんばれ、お姉ちゃん!」

「がんばって!」

他の子供たちも、バスから出てきて応援してくれる。相変わらず、車内でひっくり返っているバスの運転手と引率の先生の目は、渦巻きのままだったが、この二人も心配はいらないだろう。

「ありがとう、みんな。ありがとう・・・」

ソラは、胸がいっぱいになった。そして、たくさんの声援に応えるようにほほ笑むと、巨人の方へと振り返った。

「さあ、始めようか!」

ふわっと円を描いて、ソラの足もとからわずかな砂煙が広がった。とても静かな、けれども、あらゆるものをなびかせる波動のようなものが、地の果てまで駆け抜けた。

「愚かな!そんななりで、我らに勝てると思うのか?」

メデューサが、高らかに笑う。

「一撃で、粉みじんにしてくれようぞ!」

天高く振り上げられた巨人のこぶしが、ソラに襲いかかった。

だが、ソラは避けない。彼女が右の手のひらを前にかざすと、巨人のこぶしとの間にまばゆい閃光が走った。空間がゆがむほどの圧力が両者の間に生まれ、稲妻が四方へと広がる。のけぞったのは、なんと、巨人の方だった。

「うわぁぁぁっ!」

巨人のコクピット内では、メデューサとジンドが、七転八倒の大騒ぎだった。二人とも、まともにストレートを食らったボクシング選手のように、首が百八十度後ろを向いてしまっている。ほとんど、ホラー映画だ。

「知らなかった?グーよりパーが強いってこと」

「ぐぬぬぬっ、いい気になりおって、この小娘があ!」

すまし顔のソラに腹を立てたメデューサは、ひっくり返っているジンドを捨ておいて、すぐさま操縦桿を握り直した。両目が血走り、まさに怒れる魔女そのものである。

「踏みつぶしてくれる!」

今度は、岩石でできた巨人の足が、ソラの上にのしかかる。すると、一瞬で姿を消したソラが、気づけば、巨人の顔の真ん前に!

メデューサとジンドが、「あっ」と声をあげた時には、もう、ソラの指先が巨人の頭部に触れていて、デコピン一発!

ドタドタと、何歩も後ずさりした巨人は、とうとう、しりもちをついてしまった。その地響きだけでも、大きな地震が来たかのようである。

「どういうことだ?いくらなんでも、こんなことがあってたまるか!」

あられもない姿で、巨人同様しりもちをついているメデューサが、くやしそうに怒鳴ると、その問いに答える声があった。

「メデューサよ、そこまでじゃ。おまえの力では、とうてい今のソラには勝てんよ」

「なにっ!」

声の主は、老師様だ。ソラが、声のした方を振り向くと、空中で静止しているフェラーリ君とユカの乗っていたバスの方へ下降していくお面ライダーの姿が目に入った。

「あっ、お兄ちゃん!」

手を振りながら喜びの声をあげたユカが、立ったまま背伸びをするようなしぐさを取った。遠くからでも、セイジが息を飲んだのがわかる。

「ユカ、おまえ、ひとりで立っているのか?」

ユカの前に降り立ったお面ライダーは、自分の目が信じられないといった様子で問いかけた。それから、「兄ちゃんが、お面ライダーだってことも知ってたんだ?」と、みんなが見ている目の前でセイジの姿に戻ってしまった。

「お兄ちゃん!」

「ユカ!」

ユカの背の高さまでひざまずいたセイジが、駆け寄ってきた妹の体を、ひしと抱きしめた。

「そうだよ、お兄ちゃん!わたし、自由に歩けるんだよ!」

ユカが、泣き笑いの顔で言った。それを見ていた子供たちから、大きな歓声が上がった。

「ユカちゃん、すごーい!」

「お面ライダーが、ユカちゃんのお兄さんだったなんて、びっくりだな!」

みんなが、まるく集まって大騒ぎになっている。もう、巨人のことなんて、どうでもよくなってしまっているかのようだ。

ソラは、自分も、あの輪の中に入りたいと強く思ったが、まだまだ、そうするわけにもいかなかった。勝負は、すでについているものの、メデューサは、あきらめる気はないようだ。

今は、ようやく立ち上がった巨人とフェラーリ君が、面と向かって対峙している。

「メデューサよ、いい加減にせい。これだけ暴れれば、気が済んだじゃろう?」

「気が済む?銀河中に散らばった仲間たちが、それぞれの地で苦しい思いをしているのに、どうして、気が済んだりするものか!」

老師様の言葉に、メデューサは、敵意をむき出しにした。それでも、老師様は、粘り強く説得を試みる。

「わしらの同志は、みんな、行先でようがんばっとるよ。おまえと同じようにな」

「何をバカな!」

「もう、地球へ同志を集めて第二の故郷にするなどという計画は、あきらめるのじゃ。わしらの種族の長所は、環境に順応しやすいところにある。そんなことをしても、死んだ者たちは喜ばんよ」

老師様の口調は、いつになく穏やかだ。自分の都合で人類を滅ぼそうとしている魔女に、優しい言葉なんてかけてやる必要ないのにと思ったソラが、横から口をはさんだ。

「そうよ、地球を自分たちのものにするために、わたしたちを滅ぼそうとするなんて、身勝手すぎるわ!」

「うるさいっ、おまえは、黙っておれ!」

「ううん、黙らない!わたし、今回のことで、わかったの。力では何も解決しないって。どんなに、今のわたしに力があったとしても、それだけでは、傷ついた人たちを救うことはできないって」

ソラは、怒りを込めた口調で続けた。あまり、人前で演説をぶったりしたことがないソラだったが、今は、自分とは思えないほど言葉があふれてきた。

「確かに、パットマンになりたてのころは、その力を使って、たくさんの人たちを救ってきたかもしれない。でも、本当に大変なのは、その先にあるの。被災者の治療をしたり、食事の用意をしたり、心のケアが必要なこともある。瓦礫を撤去して、新しい家を建て直して、お金もいっぱいかかって。そういうことは、ひとりの力ではできない。みんなが少しずつの力を合わせて前に進めていくしかないんだって」

それは、ソラが、父さんや母さんの姿から学んだことだった。また、辛い環境の中で懸命に生きる、セイジとユカに教えられたことでもあった。

ソラは、今、本当の意味で心に決めた。わたしは、ヒーローにはならない。パットマンにはなったとしても、ヒーローにはならない。本物のヒーローって、そんなものじゃないとわかったから。

「でも、今は、この星の人たちを守るために、この力を使いたい。わたしが変身ベルトを持つことに意味があるとしたら、それだけだもん」

ここまで言って、それでもメデューサが引き下がらなかったら、もう仕方がない。ソラは、そう心を決めた。けっして、望んでいるわけではないが、この魔女を完膚なきまでにたたきのめすしかない。

「やれやれ・・・」

メデューサは、苦笑いを浮かべ、皮肉たっぷりにつぶやいた。

「まさか、こんな下等生物から説教をもらうとは。父上が仕込んだのですか?ずいぶん立派な弟子を育てたものだ」

やはり、この人、まったく反省していない。かくなる上は、巨人ともども、木っ端みじんに・・・って、父上?

「ええっ、父上?」

ソラは、思わずフェラーリ君を見て大声をあげた。老師様が、窓から顔を出して手を振る。

「やっほーっ」

「何がやっほーよ!どういうことか説明して!」

「それは、ほれ、なんじゃな。メデューサは、わしの娘ということじゃな」

「つまり、今までのことすべて、ただの親子ゲンカだったってこと?」

「う~む、地球では、そう呼ばれておるかの」

「宇宙のどこへ行ったって、親子ゲンカは親子ゲンカよ!」

まったく、あきれた!銀河を股にかけた、こんな壮大な親子ゲンカ、見たことない。

「父上は、どうして、わたしのやろうとすることを邪魔ばかりするの?誰もいなくなった故郷の星で、ひとり暮らしている母上のことを不憫に思わないの?」

「そりぁ、まあ、そうじゃが、あいつは、あいつで、ひとりで気楽にやっとるしな」

「お父さんがいい加減すぎるから、そうなってるのよ!」

「ううう・・・」

まさか過ぎる結末に、ソラは、言葉も出ない。

「えっと、本能寺先生、どういうことか説明してもらえませんか?老子様に聞いても、まともな答えは返ってこないから」

ソラは、すっかり気持ちをそがれて、メデューサに尋ねた。

「老子様の話では、故郷の星は、爆発してしまったって・・・」

「また、そんなウソを!爆発はしてないわよ。すべての生物が滅んでしまったことに違いはないけど」

「それは、事実なんだ・・・」

「わたしたちだって、それなりにうまくやってきたつもりだったわ。でも、だめなの。それなりでは。生活の水準を上げるために、経済力をつければつけるほど、母星の環境は破壊されていった。様々な災害が頻繁に起こるようになり、それでも、一度得た便利な生活を手放すことはできなかった。その上、同じ種族同士で争い傷つけあっているうちに、とうとう、取り返しのつかないところまで来てしまった」

なんだか、地球のことを聞かされているようだと、ソラは思った。このままだと、そんなに遠くない将来、地球も、老子様やメデューサの住んでいた星と同じ運命をたどってしまうということだろうか?

「でも、地球より、ずっと科学が進んでいるのだから、その力を使えば、なんとかなったんじゃないですか?」

「そこが、大きな勘違いなのよ。確かに技術革新で解決できることもたくさんあった。だけど、結局は、イタチごっこでしかないの。病気と同じで、ひとつの病気を薬で治せるようになると、また、別の病気が現れる」

「そっか。人の体と同じなんだ」

「そういうこと。いったんは薬の力で治療できたとしても、その後は、暴飲暴食を控えたり、しっかりと睡眠をとったり、適度な運動をしたりして、体調を整える努力をしないと、また、病気になってしまうでしょ?」

メデューサの説明は、老子様と違って実にわかりやすい。この二人、本当に親子かしら?

「それで、故郷を離れた先生は、侵略して自分たちが住める星にするために、地球へやってきた?」

「その通り!地球へ来るまでに、いくつもの星を侵略しようとしたけど、その度に、父上に邪魔された。持ってきた道具も資材も、ほとんど使ってしまって、これが最後のチャンスなの。だから、おとなしく侵略されなさい」

何というか、そこがおかしいのだ。自分たちが生き残るためなら、他者を犠牲にしてもいいという考えを持っているから、滅んだのだ。みんなが力を合わせて、建設的な話し合いをして、だれもが幸せに生きる社会を作ろうと努力していたら、科学も技術も、もっと大きな力となって役立っていたのではないか?

「とにかく、本能寺先生の好きなようにはさせません。わたしたち地球人にだって、生きる権利はあるもの」

ソラは、きっぱりと宣言した。それから、フェラーリ君を振り返る。

「ねっ、老師様!」

「うむ・・・」

老師様は、フェラーリ君の屋根の上に出てきて、あぐらをかいている。普段は、みすぼらしいだけの老師様だけど、この時ばかりは、蓮の花の上で座禅を組む仏様のように見えた。

「メデューサよ、ソラの言う通りじゃ。地球は、地球人のものじゃ。もちろん、人間だけでなく、この星が育んだすべての生き物という意味でな。彼らこそ、地球が生んだ子供なのじゃから」

「地球の子供ですか?だとしたら、ずいぶん、親不孝な子供ですね。親のすねをかじって、しまいには殺そうとしているんですよ」

メデューサは、不満げに唇をゆがめる。老師様は、しばらく思案顔をしていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。

「殺そうとしているか。たしかにそうした一面もあるかもしれぬ。じゃが、決めつけてしまうのは、まだ早いぞ。ソラや、その友人たちのように、地球を守ろうと考えている者もおる」

「でも、そうでない者の方が多いのでは?人間は、身勝手で、ずる賢くて、結局は、地球のことなど真剣に考えていない。だったら、わたしたちが、すべてをリセットして、もっとこの星に優しい環境を作ってあげた方が、どれほどいいことか」

「それは、思い上がりじゃ。その思い上がりが、わしらの星を滅ぼしたのじゃ。わしらは、地球人と変わらんよ。仮にわしらが地球で生きることになったとしても、同じことを繰り返すだけじゃろう。わしら自身の生き方を変えない限り、この星を守ることはできんのじゃよ」

「地球人には、その力があるとでも言うのですか?」

「少なくとも、わしは、ソラやセイジのような者たちに、この星の未来をかけてみたいのじゃ。アホウのように、他人のことばかり考えているような者たちにな」

珍しくいい話をしていると思って聞いていたら、また、人のことをアホウと言う。もう、真面目に聞いてて損しちゃった。

「そういうことです、本能寺先生。だから、地球侵略はあきらめて、おとなしく保健の先生に専念してください」

ソラは、力づくで巨人を打ち砕くこともできたが、できれば、そういうことはしたくないと思った。さっき、自分で言った通り、力だけではすべてを解決することはできない。

すると、メデューサは、開き直ったように声を低めた。

「これまで、なんとか種族の生き残りをかけて努力してきたが、もはや、ここまでのようだ。かくなる上は、重力兵器で地球ごと消滅させて、わたしも死ぬ!」

「ええっ!」

のけぞったのは、となりにいるジンドである。

「そんな、メデューサ様、何もそこまでしなくても!あの娘の言うように、このまま、この星で暮らしてもいいじゃないですか」

「おまえも、わたしに逆らうのか?大体、おまえの計画がずさんだから、こういう結果になったのだ」

「もう、そうやって、すぐ人のせいにする。ええ、いいですとも。すべて、わたしが悪うございました。あやまりますから、自爆なんてやめましょうよ。地球での学校生活だって、そんなに悪くないですよ」

「おまえ、今の教職に馴染んでいるだろ?もともと、おまえは、教師だったからな」

「え?いやあ、そう見えます?地球の悪ガキども、あれで、なかなかかわいいもんですよ。あっ、もちろん、母星の子供たちの方がかわいかったですけどね!」

メデューサの目に、さらなる怒りの炎が燃え上がったのを見て、ジンドは、あわてて言い添えた。が、もう遅い。

「おのれ、どいつもこいつも、勝手なことばかりぬかしおって!変身ベルト、何するものぞ!何もかも打ち砕いて、この星を終わりにしてやる!」

「あっ、メデューサ様!いけませんって!」

メデューサが、足もとにあった黒い箱の中から、ウルトラクイズで使うような、真っ赤な大きなボタンを取り出してくると、ジンドも、ますます取り乱して、なんとかそれを奪おうとした。

すると、突然、大地が大きく揺れ始め、地面が円を描くように陥没し始めた。セイジとユカ、それにバスに乗っていた子供たちのいる場所までは影響しなかったが、かなりの揺れである。

舞い上がった茶色い砂ぼこりが、視界を遮り、一時的に何も見えなくなる。そして、その砂ぼこりが、ゆっくりと風に流されていった後に現れたのは!

「重力兵器じゃ!その本体じゃ!」

老師様が絶叫した。以前、台風の中心で見た水晶の玉をはるかに大きくしたものが、巨人の目の前にあった。そして、メデューサは、手もとのウルトラクイズボタンを押そうとしている。

「メデューサ、やめるのじゃ!」

「父上、これで、何もかも終わりです。地球は粉々に砕けて、宇宙の塵となるでしょう」

「そんなことをすれば、おまえも死ぬのじゃぞ!」

「もはや、生きていても仕方ありません。もう、かつての幸せな生活は、わたしたちのもとには戻りません。ならば、いっそ、消えてなくなってしまった方が・・・」

メデューサが、そこまで言った時だった。

「バカなこと、言わないで!」

ソラの怒りに震える声が、衝撃波となって、あたりに響き渡った。そのすさまじい迫力に、ソラ自身ものけぞりそうになったが、今は、メデューサの行動を食い止める方が先決だ。

ソラは、巨人の腕に組みつくと、ありったけの力を込めて、そのまま、えいっとばかりに投げ飛ばした。

そうだった、力を加減しろと老師様から注意されていたことを忘れていた。だから、投げ飛ばす瞬間、腕の力を緩めたが、それでも、山のような巨体がいとも簡単に宙を舞い、メデューサとジンドが悲鳴をあげる。

しかし、相手が重力兵器を発動させようとしている限り、容赦はできない。

「砕けろっ!」

ソラが、一瞬の気合を手のひらに集中させて放つと、なんと、巨人の体が木っ端みじんに吹き飛んだ。大小、様々な岩石となって四方八方へと飛び散り落下していく。

「キャアアア!」

「うわぁぁぁっ」

分解したコクピットから放り出されたメデューサとジンドも、手足をばたつかせながら落ちていった。どういうわけか、巨人の体を構成していた岩石は、地上に到達する前にどんどん小さくなっていき、最後には跡形もなく消えてしまった。

ソラは、グッとお腹に力を入れると、目に見えないほどの超高速で移動、瞬時にメデューサとジンドを肩に担ぎ静かに地上に降ろした。

「あわわわわ・・・」

口をパクパクさせるしかないメデューサとジンドを見据えて、ソラは、やれやれと腰に手を当てる。すると、上空から振ってきた何かが、ぽこんとソラの頭にあたって跳ね返った。

「ん?何これ?」

跳ね返ったそれを手に取ったソラは、この場にそぐわないその物体を見て首をかしげた。

「これって、保健室にあったぬいぐるみ?」

何でこんなものがと疑問に思ったとたん、ひとつの真実に気づき、とたんに全身から力が抜けていく。

「まさか・・・」

そうなのだ。巨人の本当の正体。それは、保健室の机の上に置いてあった、コーモ君のぬいぐるみだったのだ。

「え?え?うそでしょ?わたし、ぬいぐるみと戦ってたの?」

目をまるくしているソラに、メデューサが、力尽きたように告げた。

「そうだ。わたしたちには、あらゆる物体の姿形を変える技術がある。地球人からしたら、魔法のように見えるかもしれないがな」

いや、まったくその通り。これは、魔法だ。老師様が、どこからともなく鏡を取り出したり、変身ベルトが大きくなったり小さくなったりするのも、もしかしたら、同じ原理に基づいているのかもしれない。

「もう、いったい何なのよ?宇宙人が地球を侵略してきたと思ったら、ただの親子ゲンカだったり、山のような巨人が暴れてると思ったら、小さなぬいぐるみだったり!」

ソラは、鼻を鳴らして怒ったが、そのとたん、なんだか、おかしくなって笑ってしまった。

笑っちゃうよね?こんなかわいいものと、真剣に戦っていたなんて!

「何を笑ってる?」

「だって、本能寺先生も教頭先生も、すすで顔が真っ黒なんだもの!」

ソラの指摘に、メデューサとジンドは、互いの顔を見合わせた。

「うぷぷぷぷ、ホントだ、メデューサ様の顔!」

ジンドが、こらえきれないといった様子で口もとを押さえる。

「何だと、おまえこそ、タヌキのような面をしてるぞ!」

メデューサの方は、真顔で怒ったが、その目つきからは、すでに毒気が抜かれていた。やることをすべてやり終えて、もう、どうにでもしてくれと開き直ったかのようである。

「本能寺先生、これで、あきらめてくれますよね?もう地球を侵略しないって、ここで約束してください」

「約束も何も、もう、わたしには、何も残ってないではないか」

メデューサのあきらめきった言葉を聞いて、ソラは、ふう~っと息をついた。ああ、これで終わったんだという気がした。由衣のお父さんを傷つけて悩んだり、セイジとユカの身の上を思い落ち込んだり。

けれども、老師様と出会い、変身ベルトを身に着けたことで、たくさんのことを学んだ。あとひとつ、最後に変身ベルトの力を借りてソラがやるべきことは・・・。

「ようしっ、じゃあ、この危険物を片づけちゃわないと」

ソラは、どういうわけか真っ赤に変色している重力兵器に組みついて、足を踏ん張った。巨大な水晶玉が土と岩を落としながら持ち上がり、その全体像があらわになる。

「老師様、ちょっと、宇宙まで行ってくる」

「な、なんじゃと?」

「こんなの、地球で壊したら、被害が出そうだもの。大丈夫、このままの格好で行けそうな気がするから」

ソラは、近所のコンビニに出かけるようなお気楽さで、重力兵器を頭の上に持ち上げたまま上昇を始めた。

ぐんぐん上って、大気が薄くなり雲がなくなってしまうと、昼間なのに、星が瞬き始める。ソラが天体望遠鏡でのぞいていた、あの星空だ。それが、今、レンズを通さずにソラの目の前にある。

(うわあっ、わたし、宇宙まで来れちゃった!息できちゃうって、どういうこと?)

ソラは、地上からでは絶対に見られないような無数の星々に目をみはり、同時に変身ベルトの偉大さに驚かされた。広大な宇宙に比べたら、巨大な水晶玉も、無重力空間にぷかぷかと浮かんでいる小さな風船にすぎない。

ここで水晶玉を壊すと、その破片が宇宙ゴミとなってしまう。国際宇宙ステーションにでも衝突したら大変だ。

そう思ったソラは、腕に力を込めて、何もない暗闇に向かって水晶玉を押し出した。入れた力は、ちょっとのつもりだったが、それでも、水晶玉は、秒速数十キロという猛烈なスピードで遠ざかっていく。

そこへ、巨人を倒したのと同じ衝撃波を手のひらから放った。いや、かなり手加減をした巨人の時とは違って、少しだけ気合を入れてやってみた。

(ここなら安心よね?何もないもの)

そう思ったのもつかの間、太陽を一撃で吹き飛ばすようなすさまじい熱と光が一直線に伸びて、ソラ自身も度肝を抜かれた。

光は、水晶玉を真っ二つに切り裂き、たちまち大爆発!原子レベルにまで分解され、宇宙の闇へと消え去った。

あまりのパワーに唖然とさせられながら、ソラは、月に向かって放たなくてよかったと、つくづく思った。放っていたら、十五夜はなくなって、二度とへそ餅を食べられなくなっていたに違いない。

それにしても・・・。

地球を振り返ったソラは、その鮮やかな青い姿に心を揺さぶられた。

(ああ、なんて美しいんだろう)

シンプルすぎる感想に、我ながら、詩心のかけらもないなと自嘲した。由衣には、宇宙の神秘を読んだ詩をほめてもらったけれども、まったくダメだと思った。

この生命が躍動する青い星の見事さは、言葉では、とうてい言い表せない。渦巻く白い雲も、赤い大地も、緑の森も、そして、人々が暮らす街の明かりも、すべてが、頭に思い浮かぶ表現の力を凌駕していた。

同時に、その可憐な球体は、宇宙の大きさから比べたら、あまりにも小さく、そして、はかなくも見える。ちょっとした間違いで破裂してしまいそうな危うさに、ソラは、ハッと胸を突かれた。

こんなにも、崇高な世界に、わたしたちは包まれているんだ。こんなにも、壊れやすく傷つきやすい世界に、人は生きているんだ。

漆黒の宇宙の闇と比べたら、地球は、なんと明るく輝いていることだろう。

もしかしたら、変身ベルトは、この生命のある星の姿を、わたしに見せたかったのではないだろうか。そして、そこに生きるソラという少女のかけがえのない素晴らしさを教えたかったのではないだろうか。

ふと気がつくと、目から涙がこぼれていた。泣くつもりなんて、これっぽっちもなかったのに、なぜだか、涙があふれて止まらなかった。

(なんだろう。まるで、母さんの胸に抱かれているみたい・・・)

そう思ったソラは、急に母さんに会いたくなった。父さんにも、会いたくなった。よくわからないが、今は、妙に人恋しい。

ソラは、地球の重力に身を任せ、ゆっくりと青い大気の中へと落ちていった。地上では、ユカが待っているはずだ。そして、セイジが・・・。

自由落下のまま元いた場所を目指すと、やがて、ソラの帰りを待つみんなの姿が見えたきた。

「おおっ、戻ってきた!」

老師様が、歓声をあげている。

「ソラちゃん!」

ユカも、手を広げて迎えてくれる。

ソラは、伸ばした手をセイジに取られて、地上へと降り立った。思わずその胸に抱きついてしまったが、これは、ユカと一緒に街の上空を飛んだ時と同じ光景だと思った。

わたしには、迎えてくれる人がいる。だから、わたしも、セイジやユカを迎えてあげられる人間になろう。

地面に足がついた途端、急に自分の体重を感じた。それは、かつてユカを抱いた時に気づいた人の重さと同じものだった。

「よく、帰って来たな」

「うん、ありがとう」

ソラは、老師様に言った。初めから終わりまで、さんざん振り回されてきた迷惑なおじいちゃんかもしれないけれど、今だけは、その出会いに感謝したかった。

ありがとう。変身ベルトをわたしに与えてくれて、本当にありがとう。それに、この変身ベルトを作った宇宙のどこかにいる人たちにも、ありがとうを言いたい。

ソラは、自分が変身ベルトを着ける前の、普通の女の子に戻っていることを実感した。もう、大地を揺るがすようなパワーはどこにも残っていない。

けれども、同じだけの生きる力が、胸の奥にある。手を当てると伝わってくる小さな鼓動に、あんなにも大きな力が秘められていることを、ソラは知った。そして、その力は、気づかないだけでだれの中にもあるのだと。

「ユカちゃん、もう、空を飛ぶことはできなくなっちゃったけど、これからも、いっぱいお出かけしようね」

「うん、ありがとう。わたし、歩けるようになったから、もう平気。ソラちゃんといっぱいお出かけしたい。それに、お兄ちゃんもね。みんなでデートしよ!」

妹から振られて、セイジの顔にたちまち赤みがさす。

「なんじゃ。今さら、何を照れとるのじゃ」

老師様のあきれ声に、みんな笑った。まさに、絵に描いたような大団円!

メデューサとジンドは、さすがに、ふくれっ面をしていたが、仲間に加えてあげようとソラは思った。地球を征服しようとした憎い敵だとしても、老師様の娘とあっては、見放すわけにはいかない。

「さあ、みんなで帰るぞい」

老師様に言われて、フェラーリ君に乗り込む。セイジは、再びお面ライダーに変身して、子供たちの乗るバスを担ぎ上げた。

穏やかな日差しの下をのんびりと飛んでいくと、やがて、懐かしい故郷の街並みが見えてきた。災害でたくさん傷ついてはいるが、この町も、また生きている。

ソラがとなりにいるユカに顔を向けると、少女の顔に笑みが広がった。そんな二人の様子に、老師様が目を細める。父親のいつになく優しい横顔を見たメデューサが、「やれやれ」とため息をついた。

ふくれっ面は、そのままだが、どこかにほっとしたような笑みが潜んでいる。