9.決起

作蔵と義男、それに、和助が淀浜公園にたどり着いた時、おばけ工場の正門には、数名の警官が配置されているだけだった。

工事業者の姿も、まだ、どこにも見えない。今は、ただ、修羅場となる前の寒々とした光景の中を、風が吹きすさぶだけである。

しかし、しばらくすると、淀浜公園には、白いヘルメットやハチマキ姿の男たちが集まりはじめ、それと比例するように、警官の数も増え続けた。

そして、とうとう、機動隊の装甲車両が正門前で停車した。連盟と機動隊のにらみあいがはじまり、二トントラックの荷台の上から、繁治の第一声が、拡声器を通して流された。

「われわれは、センチュリーWADA出店反対連盟である。地域の秩序を乱す和田コーポレーションの暴挙には、断固反対する!」

身を守るために、厚手の作業服を着ている連盟の男たちから、拍手と歓声が上がった。「徹底抗戦!」と書かれた大きな白い旗も、チェッカーフラッグのようにふられた。機動隊は、まっすぐに前を見たまま、表情ひとつ変えない。

「引っこめ、機動隊!」

「この犬どもが!」

連盟側は、ますます声高になっていく。暴力こそふるわないものの、顔をすりつけるように近づけて、機動隊をののしる男たちの姿が目につくようになった。

ちょうど同じころ、裏門と西門には、連盟の突入隊がひそかに終結しつつあった。こちらにも、警官が配置されていたが、正門ほどの数ではない。機動隊の姿も見えない。

正門の主力から離れた作蔵と和助、義男が、連盟の中でも若手の男たちと潜んだのは、西門側にある消防団のポンプ小屋の裏手だった。

そして、さらにその後方、住宅地の一画で突入隊の様子をうかがっているのは、健二たちのグループである。親に内緒で自宅を抜け出すことに成功した、健二たち六人のメンバーは、あらかじめ決めてあった地点で合流し、ここまで走ってきたのだった。

「すげえ。小林のおっちゃんが、言ってたとおりになってるな」

健二が、感心したように小声で言った。

「もうじき、工事業者の車両がやってくるってか。西門か?裏門か?」

一馬も、同じく小声でつぶやく。

「西門よ。絶対」

若菜が言った。

「どうして、わかるんだ?」

「健二のおじいちゃんがいるもの。必ずここよ」

若菜は、理由にならないような理由を、大まじめで答えた。

そして、その言葉を裏づけるように、やがて、トラックのディーゼルエンジンが遠くから地鳴りを響かせてきた。

「ほら、見なさい。やってきたでしょ」

若菜が、当然のように、あごをしゃくった方角を見ると、ブルドーザーやパワーショベルといった重機を積んだ大型トレーラーが、隊列を組んでやってくる。まるで、戦車のようだ。

「いよいよだぞ。みんな、覚悟はできてるか?」

電信柱のかげから健二がふり返ると、うしろにいたみんなが、いっせいにうなずいた。どの顔も、口を真一文字に結んで、さすがに緊張している。

トレーラーの隊列が近づくにつれて、足もとから、小刻みな振動がジンジンと伝わってきた。それまで、かたく閉ざされていた鋼鉄の西門が、和田コーポレーションの社員によって、内側からゆっくりと開けられる。門の外側で警備にあたっている警官は、わずかに三名ほど。

その時、正門の方角から、ワアァァァァーッというさけび声と、ズドーンッという何かがぶつかったような衝撃音が、こだまのように響きわたってきた。

そして、その音を合図にしたかのように、かくれていた作蔵たちが、いっせいに飛び出した。

「その車、待ていっ!」

不意をつかれた警官たちは、あわてふためいた。トレーラーは、急にスピードを上げて、門の向こうへ突っこんでいく。

「そうはさせるかあ!」

突入隊は、すばやく敷地の中にかけこむと、二台目のトレーラーが侵入してくる前に、西門を開けていた和田コーポレーションの社員に襲いかかった。

「どけえっ!ぶんなぐるぞ!」

こぶしをふりあげる作蔵たちに驚いて、社員たちは、一目散に逃げ出していく。

「それっ!」

作蔵たちは、力をあわせて西門を閉めはじめた。だが、間にあわない。二台目も、かろうじて敷地内に入ってしまった。

けれども、それが幸いした。巨大なトレーラーのかげにかくれて、健二たちも、門の向こうへ飛びこんだ。だれも、気づかなかった。

「こっちだ!」

健二は、身をかがめてすばやく走り、近くにあった、さびだらけの物置小屋の裏へかくれた。

外に取り残された警官たちが、門をよじ登ろうとすると、連盟の若い連中が、持っていた鉄パイプをふりまわす。

「失せろ!ケガするぞ!」

「きさまら、こんなことをしていいと思ってるのか!」

男たちと警官たちが、青筋を立ててののしりあっている。だが、予定どおり西門を制圧した今、連盟の男たちには、勢いがあった。

「ほかへまわれ!ここからは、一歩も通さねえ!」

鬼のような形相の男たちを前にして、さすがの警官たちも、手が出せなかった。

門を通り抜けた二台のトレーラーの運転手たちも、たちまち、取りかこまれて降参した。

連盟の男たちは、占拠したトレーラーのクラクションをハデに鳴らした。これが、西門制圧の合図だった。

「ようし、ここは、これで十分だ。裏門は、どうなってるだろう?」

作蔵が言うと、

「わしが伝令になろう。できれば、正門から応援をつれてくる」

和助が、そう答えて走り出した。

本当に、信じられないほどパワフルなじじいどもだ。

健二は、心の中で舌を巻きながら、いっしょにいるメンバーたちに小声で語りかけた。

「これから、どうする?うちのじいちゃんとおやじは、ここにいるけど、みんなの親は、ほかの場所だろう。分かれて探しにいくか?」

一馬たちは、顔を見あわせた。

「それがいい。ただし二人ずつでいこう。ひとりだと、何かあっても、助けも呼べないからな。おれと満久。若菜と恒子。健二と弘樹。これでどうだ?」

さすがにキャッチャーの一馬は、頭の回転が速い。

「よし、それでいこう。集合場所は、ここ。十二時までに、ここに戻ってこない場合は、集まったやつだけで外に逃げる。みんな、なんとしても親をつれてくるんだ。いいな?」

一同は、うなずいた。いっせいに立ち上がり、すぐに行動開始となったが、いよいよ別れる時になって、若菜が健二に言った。

「健二、必ずここで会おうね。約束よ」

「ああ、約束だ」

「きっとよ」

「きっとだ」

若菜は、しつこいくらいに健二に念押しする。背中を向けて恒子と走り出したものの、何度も何度もこちらをふり返った。

「健二は、もてるな。まあ、わかるけど」

「バカ!こんな時に、何言ってやがる」

弘樹のつぶやきに、健二は声を押し殺してどなった。本当のことを言うと、少し心臓がドキドキしていた。

「若菜ちゃんだけじゃないよ。上条さんだって、健二のことを特別な目で見てるよ」

「なんだって・・・?」

健二は、あ然とした。弘樹の口から、そんな言葉が出てくるとは、思ってもみなかった。

「上条さんのお父さんから、聞いたんだ。上条さん、家では、健二と若菜ちゃんのことをいちばん話すらしいよ」

「・・・・・」

「今までの学校では、そんなことはなかったんだってさ。お父さんから友達のことをたずねてみても、何も答えなかったって言うんだ。それが、この町に来てからは、毎日のように話すようになった。ぼくのことや、ほかのクラスメイトたちのことも話すらしいけど、いちばん名前が出てくるのが、健二と若菜ちゃんなんだって」

まっすぐにこちらを見る弘樹の目は、いたってまじめだった。健二を冷やかすつもりなど、まったくないらしい。

「おまえ、美雪のおやじと話したのか?」

「うん。ほら、キャンプの時、大騒ぎがあったじゃない?あの時のぼくは、何もできなくて、健二に助けられてばかりだった。それがくやしくて、キャンプから帰ってきたあと、思いきって上条さんの家にあやまりにいった。学級委員長のくせに、クラスメイトを守れなかったんだもんな」

「・・・・・」

弘樹は、当時のことを思い出してため息をついた。

「そしたら、上条さんはいなかったけど、お父さんが出てきて、いろんな話をしてくれたんだ。とても、やさしい人だった。あの家には、お母さんがいないんだ。上条さんが小学校に上がったばかりのころ、病気で亡くなったんだって」

健二は、やはり、そうだったかと思った。

キャンプの初日に、遅刻してきた美雪。買いもの袋をさげ、背中をまるめて西団地に消えていった美雪。

もしかしたら、美雪には、母親がいないんじゃないかという健二の予感は、あたった。

けれども、それならどうして、美雪は、ナイトウ洋菓子店でケーキを見た時に「母さんが喜ぶ」などと言ったのだろう。健二は、首をかしげざるをえなかった。

それにしても、弘樹が、これほどまで美雪のことを知っているとは思わなかった。いつか、秀一が語ってくれたことが、健二の頭によみがえった。

「みんな、恥ずかしがって口には出さないけど、同じクラスの男子は、だいたい、だれかのことが好きだったと思うよ。健二くんのクラスメイトだって、本当は、そうなんじゃないのかい?」

健二は、思いつめた様子の弘樹の横顔をじっと見た。どこか、いつもの弘樹ではないと思った。

「おまえ、美雪のことが好きなのか?」

健二からズバリ言われて、弘樹の顔は赤くなった。何も答えなかった。

健二は、急に弘樹が大人になったように思った。

若菜もそうだが、いつまでも変わらないと思っていた幼なじみたちが、近ごろ、別人のようになることがある。

今までとは、何かがちがっていく。それは、美雪が、この学校に転校してきてからだった。

(そうか、弘樹のやつ、そういうことだったのか・・・)

健二は、なぜか複雑な気分になった。胸の奥がうずくようなおかしな感覚に、健二は、わけもなく動揺している自分を感じた。

「健二、なんだか様子が変だよ」

「・・・ああ?」

「みんな、あわててる。正門の方で、何かあったみたいだ」

弘樹の一言で、健二は、たちまち現実に返った。

耳をすますと、「わああああっ」という男たちの遠いさけび声が、次から次へと重なりあうようにして聞こえてくる。たしかに、正門の方角からだ。

「行こう。おまえのおやじを探さなきゃな」

健二と弘樹は、身をかがめて物置小屋のかげから飛び出した。そのとたん、前から走ってくる数名の警官と目があってしまった。

「あっ、おまえたち!」

「やべえ!」

健二は、弘樹の腕をつかんで、すでに扉のなくなった、おばけ工場の建屋へと逃げこんだ。当然、追いかけてくるかと思ったが、警官たちは、二人の少年を無視して、そのまま素通りしていく。

それも、そのはずだった。警官たちの背後からは、正門周辺にいたデモ隊の主力が、津波のように、押し寄せてきていたのだ。

健二と弘樹は、建屋の二階に上がり、ひび割れた窓から、その様子を見下ろした。

「正門が、突破されたんだ。すごいことになってる」

弘樹が指差した方向を見ると、大勢の男たちが、土ぼこりにまみれて争っていた。正門には機動隊がいたはずだが、どうやら、連盟側の勢いが圧倒しているようである。門は、何台ものトラックに突っこまれて、ひっくり返っていた。

「あの中から、おまえのおやじを探すってか?」

「健二、無理だよ。こうなったら、ぼくひとりで行った方がいいよ」

「バカ言え!あんなところへおまえだけで行ったら、ボコボコにされるぞ」

「二人で行ったって同じさ。どうせ、ボコボコになるなら、ひとりの方がいいじゃないか。健二は、若菜ちゃんたちを探してよ。きっと、どうしていいか、こまってると思うよ」

健二は、一瞬、何も言い返せなかった。あの弱虫な弘樹の、どこに、こんな度胸があったのかと考えずにはいられなかった。

「・・・わかった、わかった。とにかく、ここから出よう。できるかぎり、人目につかないようにして正門に近づくんだ。そこで、おまえのおやじが見つからないようなら、おれは、若菜たちを探すよ」

「うん、頼んだよ」

二人は、再び建屋の外へ飛び出した。ものかげにかくれながら、少しずつ正門へ接近していくと、思いがけず、顔をまっ赤にしてかけてくる満久と出くわした。

「満久!満久っ!」

「あっ、健二!」

「どうして、おまえひとりなんだ?一馬はどうした?」

健二の質問に、満久は、泣きそうな顔で答える。

「一馬は、お父さんを見つけたって、乱闘の中に行っちゃった。弘樹のお父さんもいたよ。ぼく、見たんだ」

「なんだって?」

弘樹の視線が、大混乱の正門に向けられた。

「ぼくのお父さんもいたんだけど、もう、わからなくなっちゃった。ぼく、腕が痛くて逃げてきたんだ」

満久が左腕を上げると、ひじのあたりが黒ずんでいる。だれかになぐられたか、何かにぶつかったか。

「くそうっ!」

弘樹は、いきなり乱戦のまっただ中へかけ出した。

「あっ、待ってよ。ぼくも行く!」

つられるようにして、満久が、そのうしろを追いかけはじめた。

「おい、やめろ!引き返せ!」

健二も、追いかけた。が、白い砂ぼこりと大人たちの背中にじゃまをされて、たちまち、二人を見失ってしまった。

「ちくしょうっ、どけよ!どいてくれ!」

健二は、男たちの間をぬうようにして前進した。

あたりは、殺気立った男たちの雄たけびで、騒然となっている。健二ひとりの声など、まるでかき消されてしまって、もう、弘樹にも満久にも届かない。

「一馬!一馬どこだ?どこにいる?」

混乱の中、健二は、一馬の姿を探した。こんな状況の中で、いちばん頼りになるのは、なんと言っても一馬しかいない。

「一馬っ!」

けれども、健二は、一馬を見つけることはできなかった。

もしかしたら、すでに、警察につかまってしまったのかもしれないと思うと、健二は、なおのこと、一馬を探し出さなければならないとあせった。

「こらあっ、きさまらあっ」

「うるせえっ、警官だからって、でかいつらするんじゃねえ!」

警官も連盟の男たちも、ここにいたっては、ただの狂った野犬と変わりがない。

(やっぱり、じいちゃんの言ったとおりかもしれない。おれたちには、何もできないのか・・・)

健二は、自分の力のなさに、キリキリと奥歯をかみしめた。

その時、とつぜん、健二の腕をうしろから引っぱる者がいる。

「健二、早く!」

ふり向いた健二の目に、若菜の必死な表情が映った。

「若菜!おまえも、こっちに来ちまったのか?恒子は?」

「恒ちゃんは、家に帰した。一度、閉められた裏門が、機動隊に倒されて大騒ぎになってる。恒ちゃんをここに置いとくのは、無理だと思ったの」

若菜は、けんめいに大声をはりあげて答える。健二も、相手によくわかるように、大きくうなずいて見せた。

「そうか。気にするな、それでいいんだ」

「健二、おじいちゃんたちをつれて、早く逃げよう。こうなったら、健二のおじいちゃんだけでもつれていこうよ」

「おまえのおやじは?」

「裏門にいたけど、今は、もうわからない。だいじょうぶ、父さんなら、きっとうまくやる」

「だけどな・・・」

「お願い、健二!このままじゃ、みんなつかまっちゃう。あんただけでも、おじいちゃんをつれて、ここから離れて!」

若菜は、強引に健二の手を引っぱって走り出した。

若菜の足の速さは、女子では、右に出る者がいない。美雪もかなり早いが、百メートルでは、若菜の方が上だ。その若菜が全力疾走するのだから、健二も、まじめに走るしかなかった。

混乱の中をかけぬける二人の姿は、嵐の海を飛ぶ、わたり鳥のようだ。あっという間に正門が遠のき、最初にいた西門の近くまで来る。

ところが、今や西門も、戦場さながらの光景と化していた。いったんは、連盟が占拠した西門を、裏門と同じように機動隊が引き倒し、双方が激突したのだ。

もはや、正門、西門、裏門のすべてが、上へ下への大混乱におちいっていた。そして、それは、おばけ工場だけにとどまらなかった。

連盟の男たちが、正門前で気勢を上げはじめたころ、大河内町役場のまわりには、さまざまなプラカードを持った、女や年寄りたちが集結していた。

内藤家からは、鈴子はもちろん、佐和子も参加している。

さらに高田秀一の姿も、佐和子の近くにあった。彼は、佐和子が抗議行動に参加しようとしていることを知って、自ら志願してここに集ってきたのだ。

「センチュリーWADAの出店に加担している町を、われわれは、必要としていない。町長の解任と議会の解散を強く求める!」

拡声器をつかんでさけんだのは、なんと、秀一だった。女や年寄りばかりの中にあって、ただひとりの若い男である秀一に、みんなが期待したためである。

「くり返す!われわれは、町長の解任と議会の解散を求める!この要求が聞き届けられるまで、われわれは、ここに座りこむ決意である!」

こうして、大河内町役場の周辺での、すわりこみ運動がはじまった。

その中には、渡辺貞行たち、駅前通り商店街の子供の姿も交じっていた。彼らは、さすがに、おばけ工場には入りこめなかったが、その分、ここで戦いに参加しようと決めていたのだった。

秀一は、さけびながら、足がガタガタとふるえるのをおぼえた。正直なところ、大変なことになったと思った。

たしかに、佐和子に同調して抗議行動に参加してみたものの、これは、あまりにも無謀すぎる。初めから、勝ち目のない戦いであることは、明らかだ。

秀一は、やがてはじまるであろう最悪の時に備えて、どのように行動すべきか、考え続けていた。どんな状況におちいったとしても、必ず、佐和子だけは、守らなければならない。

(もう、退学覚悟でやるしかない!佐和子さん、見ててくれ!)

秀一は、拡声器に向かって声をはりあげながら、ひそかに腹をくくった。

一方、援軍として連盟に加わった、大河内町漁業協同組合の大内英二と、成瀬運輸の成瀬元も、行動をおこしていた。

まず、成瀬元は、伯父である繁治の指図どおり、工業団地から出発した大型トラック二十台以上を、国道七八七号から、駅前通り、海岸通りへと隊列を組んで進行させた。

それから、大河内町の要所となるいくつかの地点で、わざと、トラックをせまい道に突っこみ、身動きがとれないようにした。これにより、新たな警察車両や工事車両が、おばけ工場に向かうのを阻止したのだ。

ただし、ドライバーは、ドアに鍵をかけたまま、トラックから降りることはしなかった。エンジンも切らず、いかにも立ち往生したという演出をした。警察に、逮捕の口実をあたえないための作戦だった。

また、海上では、大内英二が、大河内町港から出航した漁船三十隻の陣頭指揮をとった。

各漁船は、大漁旗とともに、センチュリーWADA出店反対ののぼりや垂れ幕を掲げて、沖に展開した。その模様は、上空に集まってきたマスコミのヘリから、全国に報道された。

この日の反対運動を、できるだけ、大規模な目立つものにしようとの思惑は、初めから繁治や源三郎の頭の中にあったことだった。そして、そうしたもくろみは、見事に的中したと言っていい。

テレビ画面から流れ出す、まるで、戦場さながらの映像は、視聴者に疑問を投げかけ、センチュリーWADAの出店の是非を問うことになる。画面の向こう側で人々が争えば争うほど、和田コーポレーションのイメージは悪くなり、その立場は、不利になっていくのだ。

しかし、どんなに、連盟が周到な計画を立てていたとしても、警察が和田コーポレーションについているかぎり、勝負は決していた。

成瀬運輸のトラックバリケードを突破した警官隊が、少しずつおばけ工場に合流すると、初めは優勢だった連盟と機動隊の勢力が逆転しはじめた。

「このままじゃあ、身動きもとれない。どうしたらいい?」

健二の問いに、若菜は、答えられなかった。

二人は、もといた物置小屋の裏に潜んで、事態の成り行きを見守っていた。

作蔵が戦っている。義男も戦っている。援軍をつれて戻ってきた和助も、大暴れしていた。

今、飛び出していったとしても、とても、三人をつれてこられるような状態ではない。とはいえ、こうして様子をながめていても、どうにもならない。

「しょうがねえ。飛びこむしかねえか」

「うしろから近づいたら、おじいちゃんに、なぐられちゃうかもね」

「おまえは、ここから動くなよ。おれは、少しくらいなぐられたっていいが、おまえは、そういうわけにはいかないんだからな」

「何よ。こんな時ばっかり、女の子あつかいしないでよ。わたしだって、戦えるんだから」

「そう言ってもよお・・・」

健二が弱り顔になると、若菜は、いじわるな目をして笑った。が、そのとたん、顔色を変えて健二の背中の向こうを指差した。

「健二、おじいちゃんが!」

「えっ?」

ふり返った健二が見たものは、胸を押さえて地面にうずくまる、作蔵の姿だった。

まわりでは乱闘が続いていたが、そうした中でも、義男が、すぐに作蔵の異変に気づいた。

「おやじ、どうした!」

義男は、ひざをついて作蔵の肩に手をまわした。そこへ、健二と若菜が、物置小屋の裏から飛び出してきた。

「おまえたち!どうして、ここにいるんだ?」

「じいちゃん、どうしたんだ?だれかに、なぐられたのか?」

義男の言葉を無視して、健二が、目の色を変えて問いつめた。

「じいちゃん、だいじょうぶか?」

作蔵は、苦しそうに胸を押さえ、荒い呼吸をくり返している。

「じいちゃん!」

健二の強い呼びかけに、作蔵は、ようやく、うっすらと目を開いた。

「健二、やはり来ちまったか・・・」

「じいちゃんたちのことが心配で、助けに来たんだ」

「はは・・・生意気なことを言うようになったな。心配するな、ちょっと、持病が出ただけだ」

「持病?」

健二は、驚いて義男の顔を見た。

「おまえには言ってなかったが、じいちゃんは、時々、胸を苦しがるんだ。病院でも、たいしたことはないと言ってるんだが」

「なんだって?なんで、そんな大事なこと、だまってたんだよう?こんなことしてる場合じゃないだろ!」

健二は、くやしくて涙が出そうになった。作蔵が病に冒されていると知っていたら、どんなことをしてでも、今日の抗議行動には参加させなかった。

「おいっ、とにかく、場所を移そう。作蔵を、どこかへつれていくんだ!」

助けに来てくれたのは、和助だった。

「ここは、わしが食い止める!早く人目につかないところへ!」

義男がうなずき、作蔵を背負った。

「建屋の中へかくれよう!健二、おまえが先導してくれ!」

義男の指示を受けて、健二は、ひとりで先頭を走りはじめた。

若菜が作蔵のとなりで、

「おじいちゃん、すぐに楽なところへつれていってあげるからね!」

と、はげまし続けている。

追いかけようとした警官に和助が飛びかかり、健二たちは、なんとか、建屋の中へ逃げこむことができた。

だが、すぐにほかの足音が迫ってくる。

「だれか、建屋に逃げたやつがいるぞ!」

「応援を呼べ!」

機動隊だ。

「健二、じいちゃんと若菜ちゃんをつれて逃げろ!」

義男が、汗だくになりながらさけんだ。

「なんだって?」

「おまえは、日ごろから体を鍛えている。じいちゃんをおんぶしても、動けるだろ?」

義男は、健二の答えを待たなかった。作蔵をその場に下ろすと、いきなり、追いかけてくる機動隊の前に飛び出した。

「うおおおおおっ!」

おばけ工場のおばけが、すくみ上がるような義男のうなり声だった。

考えている時間はない。健二は、反射的に作蔵を背負って走り出したが、さすがに、大人の男は、足腰にズシリとくる重さだった。

「健二!」

「若菜、走れっ!」

健二には、ほかに方法がなかった。

父親の義男が、機動隊につかまるかもしれないという現実が、背中にいる作蔵の体を、いっそう重くさせる。

ふり返ることもできず、それでも、となりにいる若菜だけを頼りとしながら、健二は、がむしゃらに走った。

走りはじめてすぐに、血を吐き出すかと思うほどの、激しい呼吸になった。経験したことのないあまりの苦しさに、目の前がぼんやりとかすんできた。にもかかわらず、追手は、しつこく迫ってくる。

(もうだめだ・・・)

そう思った瞬間だった。

「早くこっちへ!わたしについてきて!」

通路の曲がり角から、とつぜん現れた人影に、健二は、飛び上がらんばかりに驚いた。いや、実際に飛び上がったのかもしれない。

「美雪っ!」

健二の目の前にいる少女。それは、まちがいなく上条美雪だった。

「助けにきたわ。わたしの家に逃げるのよ!」

その声を、なぜ、なつかしく思ったのか?

健二は、うなずいた。胸の奥で、何かが、パチンッと音をたててはじけた瞬間だった。