結局、台風による被害は、パットマンの尽力のおかげで死者や行方不明者こそ皆無であったものの、多くの負傷者を出し、家屋の倒壊など、その被害は、甚大なものとなってしまった。
新聞やテレビのニュースでは、それでもパットマンの活躍をほめたたえていたが、現実は、そうではない。パットマンの投げた岩石による負傷者は、数十人にも及び、もちろん、その中には、由衣のお父さんも含まれていたのだ。
あの日、意識を無くした後のパットマンの行動を、ソラはまったく覚えていない。ひとつだけはっきりしているのは、気絶したのはソラだけであって、パットマンは、その後も人命救助に邁進したということだ。
どうやって、そんなことが可能になったのかはわからないが、目を覚ました時、ソラは、母さんが勤めている、大学病院のベッドの上に寝かされていた。自宅の玄関先に倒れていたところを、近所の人に発見されたらしい。
救急車で搬送されてきた娘の姿に、母さんが卒倒しそうになったのは言うまでもない。父さんも、血相を変えて勤務先から駆けつけてきたが、ソラの体に何ら異常がないことを知ると、全身から力が抜けたように、その場にへたり込んでしまった。
その後、二人から何があったのかと質問攻めにあったが、答えられるはずもなく、ただ、「わからない」と言うにとどめるしかなかった。
実際、わからないことだらけだった。あれから、由衣のお父さんは、どうなっただろう?由衣自身は・・・?
ソラは、特に身体には異常なしということで、翌日になって自宅へ返されたが、由衣のお父さんの安否がわかったのは、それからまる一日が過ぎてからのことだった。母さんが、外科病棟に入院している由衣のお父さんに会ったというのだ。
母さんによれば、由衣のお父さんは、右足の複雑骨折と全身打撲で寝たきりの状態になっているという。
「それで?それで、由衣のお父さん、退院できるの?」
食らいつくようにして尋ねてくるソラに、母さんは、難しい顔をして答えた。
「退院はできると思うけど、後遺症は、残るかも・・・」
「そんな・・」
なんということだ。後遺症なんか残ったら、由衣のお父さんは、今の仕事を続けられなくなってしまうのではないか?
ソラは、すぐに由衣の家に電話をかけたが、だれも出てはくれなかった。家族ともども病院にいるのか、あれから、ずっと留守番電話のままだ。
セイジと話をしたいと思ったが、連絡先がわからない。
そうだ、変身ベルトを使えば老子様となら連絡がつくはずだと気づいたが、今は、手のひらサイズになっている変身ベルトを目にしたとたん、自分のしでかした大失敗の記憶がよみがえってきて、心が萎えてしまった。
老師様は、どこにいるのだろう?こういう時こそ、そばにいてほしいのに、どういうわけか、いっこうに姿を見せない。
被災した後に家族の消息がわからなくなっている人々の気持ちが、少しだけわかった気がした。
× × ×
「いい、ソラ?あと一日は、おとなしく寝ているのよ。何かあったら、必ず連絡してね。本当は、ずっと一緒にいてあげたいのだけれど」
翌朝の出勤前、母さんは、ベッドで横になっているソラに向かって、嘆くようにそう言った。さっき、勤め先の介護施設へ出掛けていった父さんにも、同じようなことを言われたばかりだ。
「大丈夫よ。もう、何でもないもの」
「それが、こわいのよ。気を失った時のことを覚えていないんだから」
母さんの言葉を聞くと、ソラは、いたたまれない気持ちになった。いっそのこと、自分がパットマンだと明かせたら、どんなに楽だろう。
母さんがいなくなって、自宅にぽつんと取り残されると、寂しさがひしひしと押し寄せてきた。セイジに会いたかったし、老師様に会いたかった。そして、だれよりも、由衣に会いたかった。
「やっぱり、だめだ。じっとなんて、してられない」
さんざん、ベッドの上で寝返りを打ったあげく、ソラは、深い溜息をついて起き上がった。結局、一時間もがまんできなかった。
ソラは、着替えをして家を出た。行先は、由衣の家だ。
気絶した時から数えると二日間にわたって寝込んでいたわけだから、外の空気がとても新鮮に感じられた。空には穏やかなうろこ雲が浮かび、どこからか、のどかな小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
しかし、ひとたび地上に目を向ければ、集めた泥が道路の脇に山積みになり、水に漬かって壊れた家具や電化製品が、家々の前に並んでいる。
町全体から見たら、そうした被害は一部にすぎないのかもしれないが、それでも、生まれて初めて目にする被災後の風景は、ソラに大きなショックを与えた。特に、パットマンが岩石を投げ込んだ辺り、つまり、由衣の自宅近辺の被害は、ソラによるものなのだから。
電話につながらないだけあって、案の定、由衣の自宅に人影はなかった。不幸中の幸いというべきか、由衣の家には、目立った損傷はないみたいだ。
ただ、この地域は、水道だけでなく電気までストップしていて、避難所での生活を余儀なくされている人たちが大勢いる。
避難所は、ソラの通う中学校の体育館になっていたから、もしかしたら、由衣もそこにいるかもしれないと思ったが、ソラは、迷わず大学病院へ足を向けた。由衣は、お父さんのそばにいるはずだという根拠のない確信があったからだ。
(母さんに見つかったら、叱られちゃうな)
そんなことを考えながらたどり着いた大学病院は、まさに、戦場のような混乱ぶりだった。ケガ人や持病を悪化させた人たちが多すぎて、廊下にまでベッドが並んでいるような状態である。
自分の母親が、こんなにも大変な中で働いているのだと思うと、涙がじんわりとこみ上げてきた。
大きな災害に見舞われると、家族のことが、いつにも増して大切なものに思えてくるものだ。それは、由衣だって同じはずで、そんな彼女の気持ちに思いをはせると、ソラは、一層暗い気分になってしまった。
が、その時。
「ソラ?」
不意に背中から声を掛けられ後ろを振り返ると、そこには、洗濯物を入れた手提げ袋を持った由衣が立っていた。
ソラは、声も出せずに突っ立っていたが、次の瞬間、たまっていた涙が、ぽろぽろと堰を切ったように流れ落ちてきた。
「由衣~っ!」
いきなり、小さな子供みたいに泣き出したソラを見て、由衣の方があわてた。
「ソラ?ソラ、どうしたの?」
「由衣、ごめんね!本当にごめんなさい!」
「えっ?えっ?どうして、ソラがあやまるの?それより、どうしてここへ来たの?どこか、ケガでもした?」
「ううん、由衣のお父さんが大丈夫かって、心配になって来た。由衣のことも心配で・・・」
「・・・・・」
うわあんっと大声で泣くソラをなだめようと、由衣は、必死に笑顔を作った。
「大丈夫よ。うちのお父さん、死んじゃったわけじゃないから」
「でも、後遺症が残るかもしれないって、うちの母さんが」
「あっ、そっか。ソラのお母さん、ここの看護師さんだもんね。昨日、お父さんのいる病室に顔を出してくれたの。こっちこそ、心配させて、ごめんね」
「そんなことないよ~っ」
まるで、小さな子供のように泣きじゃくるソラの背中をさすりながら、由衣も鼻をすする。
「ありがとう。ソラが、そんなにうちのお父さんの心配をしてくれてたなんて、わたし、うれしいよ」
「違うの。全部、わたしが悪いの。由衣~っ」
由衣からしてみたら、ソラの言うことは、メチャクチャに感じられたにちがいない。それでも、こんな非常時にいちばん会いたかった親友に再会できて、由衣の目にも涙が光った。
二人で肩を抱き合いながら、わんわん泣いて、少し落ち着いたところで由衣のお父さんのいる病室に入ると、そこには、由衣のお母さんもいた。
団体部屋だし、大きな声では話せなかったが、由衣のお母さんも、「あら~っ、ソラちゃん、よく来てくれたわねえ」と、ソラの見舞いを喜んでくれた。
肝心のお父さんの方は、右足を包帯でぐるぐる巻きにされていたが、意識はしっかりしている。
「こんな大変な時に、わざわざ来てくれてありがとう。由衣から、話は聞いてます」
そう言って、寝たままの状態で頭を下げようとする。
「ケガの具合は、どうですか?母から、複雑骨折してるって聞きましたけど」
「なあに、この程度のケガ、学生時代までラグビーをやっていたから、慣れっこですよ」
複雑骨折に慣れっこなんて、あるはずもなかったが、みんなして心配をかけまいとする雰囲気が伝わってきて、ソラも、それに従うしかなかった。
辛いよ・・・。自分がケガをしたよりも、もっと辛いかもしれない。
「来週から、学校、再開するみたい。体育館は、使えないみたいだけど」
病室を離れてから、病院内にある売店のイートコーナーでジュースを飲みながら、由衣が言った。
「避難所になってるもんね。よく、再開できるなあ。でも、由衣、来れそうなの?自宅の方って、水道も電気も止まってるんでしょ?」
「うん。今は、隣町のおばさんのところでお世話になっているから大丈夫。学校までは、母さんが車で送ってくれるって」
大変だなあと、手元のジュースの紙パックに視線を落としながら、ソラの心は、一段と暗くなった。
災害というのは、その場を乗り切ればいいというものではない。どちらかというと、乗り切った後の方が、いろいろと難しいのだ。ケガのことやライフラインのこと。学校や勤め先のこと。
パットマンがどんなに力持ちだって、人々の暮らしの隅々にまで手を伸ばせるわけではない。伸ばせるのは、同じ人間同士の助け合いだけだ。
ソラは、ポツリとこぼした。
「由衣、パットマンのこと、恨んでるでしょ?」
「恨んでる?どうして?」
「どうしてって、パットマンのせいで、お父さん、こんなことになっちゃったわけだし」
顔を上げられないソラを不思議そうに眺めながら、由衣は、軽く首を横に振った。
「ううん、そんなこと、ちっとも思ってないよ。パットマンが来てくれなかったら、わたしたち、まともに土石流を受けて、今ごろ死んでいたもの」
「・・・・・」
「ケガだけで済んで、よかったって思ってるくらいだよ。たしかにこれから大変なことがいっぱいあるかもしれないけど、生きていられるだけでも幸せ。家族だもん」
ああ、なんて、由衣は強い女の子なんだろう。被災して、お父さんがケガをして、家にもまともに戻れず辛いことばかりのはずなのに、こんなにも前を向いていけるなんて。
でも、由衣が、そんな愛すべき女の子であればあるほど、ソラの心は痛みを覚えた。絶対に不幸に陥れてはならない親友を、わたしは、自分の慢心から傷つけてしまった。
そう、ソラは、いい気になりすぎていた自分を恥じた。パットマンの力を過信しすぎていたのだ。
パットマンになれば、人間には不可能な様々な能力を発揮できる。それは、事実だ。だが、そこには、副作用もつきまとっていて、ひとつ使い方を間違えれば、大変な惨事になってしまうということを心得ておかなければいけない。
ソラは、わかっているつもりで、わかっていなかった。わかっていたのは、頭の中でだけだ。
「ソラ、パットマン、嫌いなの?好きだったよね?」
由衣が、ちょっと不審そうにソラの横顔を見やる。ソラも、その視線を感じながら、やっぱり、顔を上げることができなかった。
わたしは、パットマンが嫌いだ。もう、パットマンにはなりたくない。
ううん、そうじゃない。わたしは、わたしが嫌いなんだ。魔法のような力を手にしたことで、たちまち、いい気になってしまうわたしが大嫌いだ。
「わたし、もう、パットマンは、現れないんじゃないかと思う」
少しの間をおいてから、ソラは、小さな声で言った。
「え、そうなの?どうして、そう思うの?」
「・・・ううん、何となくだけど」
由衣と一緒に泣いたせいか、少しだけ頭の中が整理できていた。
ソラは、ひそかに心に決めたのだ。もう、パットマンには変身しない。次に老子様に会ったら、変身ベルトを返そうと。
そうだ、それがいい。初めから、こんな大それた変身ベルトなんて、わたしには、荷が重すぎたのだ。
× × ×
老子様が、セイジを伴っていきなり自宅の玄関先に現れたのは、翌日のお昼前のことだった。
家には、相変わらずソラひとり、父さんも母さんも仕事に出かけた後だから、玄関のチャイムが鳴った時、ソラは、郵便か宅配便でも来たのかと思った。だから、インターホンのモニターに映った白黒の老子様とセイジを目にしたとたん、ソラは、「うわあっ」と大声で叫んでしまった。
その声は、ドアの向こうの二人にも聞こえたらしく、同じように「うわあっ」と叫んで、のけぞっている。
「もう、どこ、行ってたのよ!」
うれしくてたまらないはずなのに、ドアを開けた直後の第一声は、老子様への詰問。ソラの勢いに恐れをなしたセイジは、老子様の背中に隠れている。
「いやあ、こやつをつれて、日本中、あっちこっちな。あの台風の後始末で、大忙しだったんじゃよ」
「連絡くらいしてくれたって、よかったじゃない」
「連絡?何度もしたよ。おまえさんが出なかったんじゃろうに」
「・・・・・」
そう言えば、ソラは、変身ベルトをミッフィーのポシェットに入れたまま、机の奥にしまい込んでいた。老子様からの連絡のアラームが鳴ったのかもしれないが、身に着けていなかったから、気がつかなかった。
「そっか、ごめん」
急にしょんぼりとしてしまったソラを見て、セイジが声をかけた。
「大変だったな、ソラ。話は、老子様から聞いたよ」
「うん・・・」
「すぐに駆けつけてやりたかったんだけど、老子様が・・・」
自分を引っ張り回したと言うつもりだったのだろう。
「おまえたち、何でもかんでも、わしのせいにするな!」
老子様が、先を読んで不機嫌に怒鳴った。
二人は、フェラーリ君に乗ってここまでやってきたと言う。フェラーリ君は、いつかのように、人には見えない状態でソラの家の上にでも停泊しているのだろう。
とにかく、人目に映ると面倒なので、急いで二人をリビングに招き入れる。すると、早速、老子様が冷蔵庫を開けて、「ビールは?」と尋ねてきた。
「昨日、最後の一缶をお父さんが飲んじゃったわよ。そう、いつも冷蔵庫にビールがあるわけないでしょ?」
「なんじゃあ~。楽しみにしとったのに」
まったく、老子様ったら、人の気も知らないで、いい気なものね!こっちは、ここ数日、落ちこみまくっていたっていうのに。
「まあ、いいわい。それより、おまえさん、体の方は大丈夫なのか?」
「うん。別にケガしたわけじゃないし、気絶した後、どうやって、家の玄関先に倒れていたのかわからないけど」
ソラが、顔をしかめると、老師様は、フムフムとうなずきながら事もなげに言った。
「パットマンが、おまえさんを運んだんじゃよ。被災者を助けるのと同じ要領でな」
「パットマンが?だって、パットマンは、わたし・・・」
「分離したんじゃよ。おまえさんの、人々を救いたいという強い思いが、パットマンを動かした」
老子様は、反論しかけるソラをさえぎって、事の次第を説明し始めた。もっとも、ソラが気絶した後も、パットマンが人命救助のために活躍したことは、ニュースで見てわかっている。
ただ、疑問なのは、その時のパットマンは、いったい何なのかということである。老子様は、ソラの思いがパットマンを動かしたという。
「つまり、遠隔操作をしたということじゃろうな。ドローンみたいに」
「そんなことできるんだ?」
「いや、わしも初めて見たぞい。変身ベルトにそんな機能がついているとは、長年、これの研究をしてきたわしでも知らなかったでな」
「研究?」
ソラは、思いがけない老子様の言葉に反応した。
「研究って、これ、老子様が作ったものじゃないの?」
今まで、そこのところを疑ったことはなかった。だから、変身ベルトを着けたソラが、筋肉ムキムキのパットマンに変身した時も、全ては、老子様の悪趣味によるものだと思っていた。
けれども、よくよく思い返せば、初めてパットマンに変身した時、大笑いしながら老子様が言ってたっけ。どんな姿に変身するかは、自分にもわからないのだと。
「じゃあ、これ、だれが作ったの?もしかして、魔女メデューサ?」
「いや、メデューサでもない。こんなものは、わしらの科学力では、とうてい作れんよ。遠い昔、わしらよりはるかに進んだ文明が、わしらのために残してくれたのだよ。そうじゃのう、文明と呼ぶべきか、神と呼ぶべきか」
「神?」
「人知を超えた偉大な存在という意味じゃ。神という概念をも超えるものかもしれん。この宇宙をつかさどる何かじゃな」
「・・・・・」
そんなすごいものを、わたし、身に着けてたんだ。小さな子供の遊ぶおもちゃみたいだとか、さんざんなことを思ってきたけれど、あの変身ベルトには、老子様も知らない不思議な力があるんだ。
「ソラ、今も、変身ベルト、ちゃんと持ってる?」
何となくうつむいてしまったソラに、セイジが優しく尋ねた。
「うん、持ってる。机の中にしまってあるけど」
「もしかして、もう着けたくないのかなと思って」
「え・・・」
「ソラ、自分のせいで大勢のケガ人が出たって、考えてるだろ?」
顔を上げると、セイジのまっすぐな瞳がこちらを見ていた。たちまち、気まずくなって、あわてて視線を逸らす。
「だって、そうだもん。わたしが考え無しにやったことで、由衣のお父さんは、大ケガしちゃったんだよ。由衣のお父さんは、自然保護官で、これからも色んな場所へ行かなきゃならないのに、もう無理かもしれない。由衣が尊敬する、大切なお父さんなのに」
言ってる先から、鼻の奥がツーンと痛くなって、涙がにじんできた。そうだ、このタイミングで言わなければいけない。
「わたし、もう、パットマンにはならない。変身ベルトは、老子様にお返しします」
もともと、着けたいわけではなかった。着けてみたら、思いのほか、いろいろなことができたというだけだった。
でも、そのことで調子に乗って、結局、いちばん大切な親友を不幸に落としてしまった。変身ベルトが悪いってわけじゃないことは、わかっている。わかってはいるが、もう、着けたくはない。
「そうか。そう言うじゃろうと思っとったよ。それで、わしなりに手を打ったのじゃが」
「手を打ったって?」
老子様は、それとなくセイジに視線を移して、無言のまま何かをうながした。それを受けて、セイジがおもむろに立ち上がった。
「ソラ、ちょっと、見ててくれるか?」
セイジが何をするのか、見当もつかなかった。驚いたのは、彼がポケットから引っ張り出してきたものが、次の瞬間、変身ベルトもどきになったことだ。
いや、それは、確かに変身ベルトに違いなかった。ソラのものとは、細部の形状が異なってはいるが、同じように、手のひらサイズから一気に大きくなった。
「行くぞ!変身!」
こぶしに力の入った何ともかっこいいセイジの変身ポーズを、ソラは、ぽかんと見上げた。それなりに様になりつつあったソラの変身ポーズと比べても、格段にヒーローっぽさが出ている。そして・・・。
まばゆい光に思わず目を閉じたソラが、再びまぶたを開くと、そこには、口もとだけ露出しているヘルメットをかぶったマント姿の青年が立っていた。
見た目には、テレビでやっているお面ライダーそっくりだ。背丈が高くなっているが、パットマンになったソラとは違って、セイジが変身したものと一目でわかる。青と白を基調とした、さわやかなアクターアクタースーツスタイルで、年齢で言えば、二十歳前後と言ったところか?
セイジが成長したら、こんな感じになるのだということが想像できて、ソラは、思わずドキッとなった。
「すごい・・・。変身ベルト、他にもあったんだ」
圧倒されているソラに向かって、老子様が言った。
「おまえさんに渡した変身ベルトとは、根本から違うがの。こいつは、おまえさんの変身ベルトを参考に、わしが作ったものじゃから」
「やっぱり、老子様、変身ベルト作れるんじゃない?」
「いやいや、見せかけだけの代物じゃよ。パワーもスピードも、おまえさんの変身ベルトから比べれば、万分の一にすぎん」
老子様は、それでも、自分の作品に満足らしく、「どうじゃ、いかにも正義のヒーローって感じじゃろ?」と得意げだ。
「おまえさんが家に引きこもってる間、セイジに代役を頼んだんじゃよ。パットマンがいれば必要ないと思っとったんじゃが、これはこれで、なかなか役に立ってくれてのう」
そうか、老子様がセイジをつれて日本中を駆け回っていたというのは、このことだったのか。自作の変身ベルトでセイジに変身させ、被災地への救助活動に奔走したんだ。
「ごめんなさい。わたしのせいなんだ」
ソラが素直に謝ると、老子様は、いつになく穏やかな調子で言った。
「まあ、無理もなかろうて。あんなことがあった後ではな。じゃが、これは、わしからの願いなのだが、やはり、変身ベルトは、おまえさんに持っていてもらいたいのじゃ」
「もう、使わないのに?」
「そうじゃ。おまえさんは、変身ベルトを自分とは関係のない別のものと思っとるじゃろうが、今や、あれは、おまえさんそのものでもあるのじゃ。こんなふうに言っても、ピンとこないじゃろうがのう」
たしかに、変身ベルトが自分自身と言われても、ソラには、どう解釈していいかわからない。だって、変身ベルトは変身ベルトじゃん。言ってしまえば、ただの物でしょ?
「人生には、成功する時もあれば、失敗する時もある。生きている限り、失敗はつきものじゃ。日の光を浴びれば、影ができるのと同じじゃよ。影を見たくないからと言って太陽のないところへ行ったらどうなる?そこは、真っ暗な命のない世界でしかないよ」
「・・・・・」
「年寄りの言うことも、たまには聞いておけ。あれは、必ずおまえさんの役に立つ。いつか必ずな。今はわからなくとも、手元に置いておくのじゃ。わしから通信することは控えるから、な?そうしておいてくれ」
どうして、老子様は、こんなにもわたしに変身ベルトを持たせたがるのだろう?こんな、ださい女子中学生に頭なんか下げなくたって、他にもっと優秀な人間がいくらでもいるだろうに。
もっと頭がよくて、運動神経もよくて、できることなら見た目もかっこいい人物が、変身ベルトを使って人々の生活を守る方が、どんなに有効的が知れない。守ってもらう方だって、喜ぶはずだ。
なのに、老子様は、わたしに変身ベルトを持っていろと言う。
「・・・わかった。でも、本当に使わないよ。それでもいい?」
「ああ、おまえさんの望むようにしていいよ」
なんだか、今日の老子様には、ほとほと調子を狂わされてしまう。いつもの駄々をこねた悪ガキのような老子様なら、俄然、変身ベルトを押し返すところだが、妙に大人びた老子様の言葉を聞いていると、それも申し訳ない気がしてくる。
お面ライダーになったセイジが、小さくうなずいていた。正直言なところ、かっこよすぎて、見つめられるだけで恥ずかしくなってくる。
ソラは、思った。やはり、変身ベルトは、初めからセイジが着けるべきだったのではないかと。その方が、全身黒アクタースーツのムキムキ男なんかより、ずっと様になっていたに違いない。
ただし、ひとつだけ教えてあげたい大切なことがある。
たぶん、その変身ベルトも、「へんし~ん!」なんてポーズをとらなくても、ボタンひとつで変身できるんだよ。きっと。