第十一章

「どう?ユカちゃん、おいしい?」

「うん、タコさんウインナー、わたし大好き!ソラちゃんって、料理も得意なんだね!」

口をもぐもぐさせながら、満面の笑顔を浮かべるユカを見て、ソラの顔にも笑みが広がった。とはいえ、ただ焼いただけの簡単なおかずで、こんなにも喜んでくれるなんて、ちょっと後ろめたい気もする。

それでも、となりから「タコさんウインナーって、ただのウインナーなのに、なんか特別な味がするよな?」なんて、セイジが言ってくれるものだから、ソラも、ついその気になってしまう。

ソラは、今、ユカやセイジとともに、母さんの勤める大学病院の中庭にいる。いつぞやの炊き出しボランティアの二回目である。

シフトの関係で、母さんとは昼食を共にできなかったが、その代わりに、今日はセイジがいた。

炊き出しボランティアの特典として、この日のメニューのカレーを食べてもいいことになっている三人は、それをキャンセルして、ソラが作ってきたお弁当を囲んでいる。

ユカとの約束だから。それで、タコさんウインナーの話で盛り上がっている。

「ユカちゃん、本当に足は大丈夫なの?まだ、立ち上がれるようになって間もないし、無理しすぎないでね」

「うん、ありがとう。でも、大丈夫みたい。足痛くないし、フラフラしたりもしないから」

「まったく、信じられないほどの回復力だよな?ユカは、きっと、足が速くなるぞ」

そう言って、セイジがユカの頭をポンポンとなでた。

あっ、いいな。妹って得だな。わたしも、セイジにポンポンしてもらいたいのに。なんて、ソラは、こっそり心の中でつぶやいてみる。

あれから、一か月が過ぎた。

ユカの足の回復は、地震の被害からの復旧よりもはるかに速いペースで進み、今では、少しだけなら走れるまでになっている。わずか、一か月なのに、子供の生きる力って、本当にすごい!今日の炊き出しボランティアだって、忙しく立ち回って、大活躍だった。

崩れかけた家々や落ちてしまった橋など、地震の傷跡は、まだまだ、町のいたるところに残っていたが、あれほどの大きな揺れであったにもかかわらず、その後の余震が皆無だったために、人々は、少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。

もっとも、それは、地震の原因が、重力兵器という人工の力によるものであったからに他ならないが、そのことについては、ソラとセイジ、そして、ユカだけの秘密である。

学校も、震災後五日という驚異的なスピードで再開し、おかげで、ソラたちは、基本的に普段と変わりのない生活ができるようになっていた。まあ、そこだけは、そんなに早く復旧しなくていいのにと、ソラは思っていたが。

「あっ、来た来た!由衣、こっちこっち!」

中庭に駆けつけてきた由衣の姿を視界に認めたソラが、立ち上がって大きく手を振った。父親の見舞いの後に合流することになっていた由衣は、ソラの呼びかけに笑顔を向け、同じように手を振る。

「ごめん、お父さんのご飯の介助で遅くなっちゃった」

「ううん、こっちこそ、ごめんだよ。お腹すいて、先に食べ始めちゃった」

二人、これまた同じような口調で言って、並んで腰を下ろす。

「はい、これ」

ソラから差し出されたお弁当を受け取って、「ありがとう、大助かりだよ!」と、由衣がうれしそうに礼を言った。

「お父さんの具合は、どう?」

「うん、かなりいい感じ。この分なら、予定よりもだいぶ早く退院できるかもしれないって、さっき、先生が言ってくれた」

「そうなんだ、よかった!」

ソラは、手をたたいて喜んだ。

メデューサの野望を打ち砕き、重力兵器を宇宙のもくずとしてから後のこと。ソラは、由衣にすべてを打ち明けた。

自分が、老師様からもらった変身ベルトでパットマンになっていたということ。そして、そのパットマンの勇み足のせいで、由衣のお父さんに大けがを負わせてしまったということ。

ソラは、涙をぽろぽろこぼしながら語ったのであったが、由衣は、ぽかんと口を開けたまま、なんだか、様子がおかしい。

「ごめんね、由衣!わたしのせいでお父さんが・・・」

「はあ」

「わたしのせいでお父さんが、大けがを!」

「ほう」

フクロウみたいに、「はあ」とか「ほう」としか言わないと思ったら、突然、肩をつかまれて、「なんですって!」と叫んだ。

「ああ、ごめんね!怒ってるよね?ものすごく怒ってるよね?」

「そうじゃなくて、あなたがパットマンだったの?」

「はっ?」

「あんな有名人が、こんな身近なところにいたなんて、きゃあああ!」

「ひっ?」

由衣が、こんなミーハーな性格だと知ったのは、この時が初めてだった。ソラは、さんざん質問攻めにあった後、長年連れ添ってきた親友から、サインを求められたのだ。

「由衣、サインなんておかしいよ。わたし、あなたのお父さんに大けが負わせたんだよ?」

「そんなの、ソラのせいじゃないよ。ソラは、土石流に巻き込まれそうになっている人たちを助けるために最善の努力をしたんだから。それで、何人の人たちが命を救われたと思ってるの?」

「でも・・・」

「でもじゃない!ソラは、正しいことをしたんだから。それより、今度、色紙買ってくるから、もっとサインちょうだい」

「ううう」

涙だけでなく、鼻水まで垂れてしまった。

「由衣―っ!ありがとう!愛してるよーっ!」

「わたしも、ソラを愛してるよーっ!」

二人して、ぎゅっと抱き合って、おいおい泣いて、絵に描いたような感動の名場面となったが、一緒にいたセイジだけは、いかにも、「はいはい、勝手に愛し合っていなさい」と言わんばかりのあきれ顔である。

いいもん!こういうのは、女の子にしかわからないもん!

泣き笑いの顔でセイジをにらみつけて、ああ、それでも、許してもらえてよかった。人から許してもらうのって、こんなに幸せなものなんだと、ソラは、鼻水を垂らしながら思ったのだった。

そして、今、由衣は、ソラのお弁当を食べながら笑顔になっている。タコさんウインナーをほおばりながら、「なんでタコさんウインナーって、普通のウインナーよりおいしく感じるのかしら?」なんて、セイジと同じことを言って首をかしげている。

 

こうして、ソラと変身ベルトを巡る騒動は、一件落着を迎えた。

そうそう、ここで絶対に忘れてはならない人物がいる。老師様やメデューサたちは、その後、どうなったか?

さんざん、ソラを振り回してきた老師様であったが、重力兵器が破壊され、ソラが普通の女の子に戻ったのを見届けると、案外、あっさりとフェラーリ君に乗って宇宙の彼方へと帰っていった。

えっと、M78星雲だっけ?ウルトラマンがやって来たっていうところ。

もっとも、本当のところは、どこへ行ったのかわからない。だって、魔女メデューサ、つまり、本能寺先生は、ジンドともども、まだ、ソラたちの学校に残って、保健の先生と教頭先生をやっているから。

これまでは、娘の暴走を食い止めようと、その後を追いかけて宇宙を駆け巡ってきたはずだったが、今度は、何をしようとしているのだろう?

その本能寺先生は、すっかり、保健の先生が板についてしまったようで、おとなしく人間を演じている。教頭のジンドもそうだ。

二人とも、ソラとの戦い以降、なんだか、人間的というか宇宙人的にもまるくなったようで、生徒の前での笑顔の回数が増えたような気がする。

ソラは、頻繁に保健室に通った。老師様から、娘のことを頼むと言われていたからだ。正確には、娘の監視を頼むということだが、まあ、この際、どちらでもいいだろう。

「先生、います?」

ある日の昼休み、ソラが保健室に顔を出すと、例によって、本能寺先生の親衛隊である男子生徒たちが、ちょうど外に追い出されるところだった。

みんな、よくやるよね?本能寺先生は、宇宙人なんだよ?魂奪われて、体乗っ取られるよ?そう教えてあげたいのをがまんしつつ、先生の前では、満面の笑みを浮かべて見せる。

「また、おまえか。いい加減、ほっといてくれたらいいのに」

「そうはいきません。老師様から、頼まれてるんですから」

「監視をだろ?おまえに何もかも破壊されて、何をする力も残ってないわよ。こうやって、人間やるしかないじゃない」

「えへへへ」

ソラは、鼻をこすって笑いながら、ふと、机の上に置いてあるコーモ君のぬいぐるみに目を止めた。

あの、山のような巨人との激闘。でも、その巨人の正体は、目の前にあるかわいいぬいぐるみだった。

「父上は、どこへ行ったのやら。故郷に残した母上の気も知らないで、いい気なもんだわ」

そう言えば、本能寺先生、前にもそんなこと言ってたっけ?故郷に残した母親、つまり、老師様の奥さんってどんな人なんだろう?

あの老師様の奥さんを務められるくらいだから、よほど、できた人間というか宇宙人に違いない。

ソラは、コーモ君を手に取ると、顔を近づけてにっこりと笑った。すると、気のせいか、コーモ君も笑っているように見える。

「ごめんね、痛いこといっぱいしちゃって。巨人の正体が君だってわかってたら、あんなことしなかったのに」

ソラは、コーモ君が愛おしくなった。きゅっと胸に抱きしめると、本能寺先生に尋ねた。

「先生、この子、わたしにくれませんか?大切にしますから」

「そのぬいぐるみを?なんで、また、そんなものを・・・」

「なんか、かわいそうになっちゃって。デコピンとか、痛くなかったかなとか」

本能寺先生は、ソラの子供っぽい言い分に苦笑を浮かべたが、バカにする様子でもなかった。

「いいわよ、持っていきなさい。それ、わたしが子供だった時に母上からいただいたものだけど、今は、あなたのもとにあった方が、母上も喜ぶでしょう。あなた、アホウだから」

本能寺先生が、急にそんなことを言ったので、ソラは口をとがらせた。

「もう、先生まで、わたしのこと、アホウって言って!老師様と同じだわ!」

怒り出したソラを見て、コーモ先生は、ぽかんとなっている。それから、不意に笑い出し、「そうか、この国では、アホウの意味が違っていたな」と、ひとりごとのように言った。

「アホウと言うのは、わたしの星で、二心のないという意味だ。純真無垢と言い換えた方がいいかな?まっすぐに信じて、まっすぐに行動する。そんな汚れのない人物のことをアホウと言うのだ。誉め言葉だぞ」

「・・・・・」

そうなの?そうだったのか?どおりで、老師様、唐突にアホウって言うと思った。

「ぬいぐるみも、おまえのもとにあった方がうれしいだろう。おまえには、わたしには無くなってしまった子供らしい純真さが残されているからな」

メデューサは、少し笑って言ったが、ソラは、ふと、そこに胸に秘めた悲しみを見たような気がして、思わず言った。

「先生だって、アホウですよ。仲間のために、一生懸命、地球や他の星を侵略しようとして。やり方は、よくなかったかもしれないけど、純粋に自分を信じてやったんだから。あっ、わたしが言ってるのも、先生の使うアホウって意味ですよ」

それからソラは、コーモ君に向き直ると、頬をスリスリさせて、胸にキュウっと抱きしめた。

「よかったね、今日から、わたしの家に来るのよ!先生にお礼を言わないとね!」

コーモ君に話しかけるソラを横目に見て、メデューサは、プッと吹き出した。それは、彼女が初めて見せた、本当の心からの笑顔だった。

「まったく、おまえは、子供なのか大人なのかわからないな。大人顔負けの迫力で向かってくるかと思えば、ぬいぐるみ相手に話しかけて悦に入っている。本当に不可思議な子だよ、中河内ソラという娘は」

不意にフルネームを出されて、ソラは、ほっぺたをふくらめた。

「先生、やめてください。名字で呼ぶのは!」

「どうして?」

「だって、いかつい感じがしませんか?中河内って」

「何だ、そんなことを気にしているのか?別にいいではないか、中河内という苗字で」

「そうかなあ?」

こんなふうに会話してると、本当にただの先生と生徒みたい。なんだかんだ言いながら、メデューサは、地球の暮らしに馴染みつつあるようだ。「わしらの種族の長所は、環境に順応しやすいところにある」と言った老師様の言葉は、正しかったかもしれない。

ソラは、もう一度、コーモ君に顔を近づけた。ふわふわ、もこもこの体から醸し出されるぬいぐるみ特有の優しいにおいに、ふと、心が和む。

コーモ君のまるい瞳が、「これから、よろしくね」とでも言っているかのように、うれしそうに輝いて見えた。

 

×     ×     ×

 

「今から考えると、夢を見ていたみたいな気がするな。変身ベルトで正義のヒーローやってたわけだから」

コーモ君を胸に抱いての学校からの帰り道、ソラは、となりを歩くセイジから言われて、ああ、確かにその通りだと思った。

「ホントだね。わたしなんか、パットマンになったり、天使みたいなのになったり、不思議なことばっかりだった」

「最後は、そのままの姿でスーパーマンみたいだったもんな。メチャクチャ、かっこよかったぜ」

「ウフフ・・・」

ソラは、照れたように笑って見せたが、本当は、カッコイイより、かわいいって言ってほしいのに、なんて思ったりした。

そう言うセイジも、かっこよかった。こちらは、もう、そのまま言葉の通りで、少し成長して大人の姿になったセイジは、背も高く足も長くて、パットマンとは大違い。

(もう、こっちの気も知らないで・・・)

胸をキュンキュンさせられっぱなしだったソラは、心の中だけで口をとがらせた。

「ありがとな、ソラ」

不意に、セイジが言った。

「うん?何が?」

「その、なんて言うか、おまえに会えて、おれ、すごく変われたような気がする」

「・・・・・」

ソラは、顔を横へ向けた。すると、こちらを見ているセイジと、まっすぐに視線が重なった。

「おれ、おまえの書いた詩に感動したんだよ。ほら、クラスのみんなの前で星空の詩を発表したことあったよね」

「あ、うん・・・」

「すごいなって思った。こんなふうに星空を見上げる人間がいるんだって。それから、ずっとソラのことが気になってた。だから、おまえが家の鍵を無くした時、少しでもいいから力になりたかった」

「・・・・・」

ソラは、全身に電撃が走ったかと思った。そういうことだったのかと、予想もしていなかった事実に目をまるくした。自分の書いた詩が、そんなふうに人の心に働きかけていたとは、夢にも思わなかった。

セイジは、続けた。

「こっちに越してくるまでは、毎日が辛くて、もう死んでしまいたいと思ったことが何度もあった。死ななかったのは、ユカがいたからだけど、ソラに出会って、今度は生きたいと思えるようになった。ソラは、おれの命の恩人だよ」

こんなことを、真剣に言われたのは、初めてだ。言ったセイジも初めてだったらしく、急に顔を赤くして下を向いた。

「えっと、おれ、何言ってんだろ?」

照れたように苦笑いしたが、ソラは、うれしかった。今なら、本当の気持ちを伝えることができると思った。

「わたしも・・・」

「うん?」

「わたしも、セイジと出会えてよかった。セイジやユカちゃんと一緒の時を過ごせて、本当によかった。わたし、二人のことが大好きだもん」

とうとう、言ってしまった。なんか、流れの中で自然とそういう展開になってしまったが、セイジに対しての好きとユカに向けたそれとは、ちょっと種類が違うものだということを、ソラは、はっきりと悟った。そのとたん、顔から火が吹いたように熱くなって、あわてて言い添えた。

「そ、それに、老師様は、ちょっとあれだけど・・・すごく楽しかったね!」

「あっ、うん・・・そうだな」

見れば、セイジも顔を真っ赤にさせている。それでも、老師様の話題になると笑いがこみあげてくるのは、もはや、二人にとって宿命と言えるかもしれない。

本当は、辛いこともいっぱい抱えた二人だったが、今は、ただうれしいだけだ。お互いの存在をそばに感じられることが、うれしくて、そして、愛おしい・・・。

「ソラちゃ~んっ」

遠くから呼ぶ声に顔を前に向けると、帰宅途中のユカが手を振りながら、待っていた。夕日に照らされた小さな姿が、とても可憐でかわいらしく見える。

ああ、これでわたしたちの冒険譚も終わりだな。映画だったら、ここで、字幕が出て、いい作品だったねなんて、隣の席にいる友達と語り合ったりするところだよね?何はともあれ、めでたしめでたしってとこかな?

なんてことを思っていたソラだったが。

 

突然、ドカーンッ!というものすごい音がした。びっくりして、固まってしまった三人の真ん中に土煙が舞い起こる。

「お兄ちゃん!」

土煙を避けるようにしてこちらへ駆け寄ってきたユカを、ソラとセイジが自分たちの後ろに隠して、なおも、目の前の砂塵に目を見張る。

やがて、もやの中からゆっくりとその姿を見せたのは!

「フェ、フェラーリ君?」

叫んだソラに応えるように、ハッチから老師様が勢いよく顔を出した。

「やっほーっ」

「あわわわわ・・・」

「みんな、元気にしとったか?」

「あわわわわ・・・」

「ちょっと、フェラーリ君も、オーバーホールしないといかんな」

「あわわわわ・・・」

ソラもセイジもユカも、「あ」と「わ」以外、しばらく言葉が出てこない。

「老師様!」

つばを飲み込んでから、ようやく三人同時に叫んだ。

「何じゃ、そんな驚いた顔をして。わしの顔、忘れちまったのか?」

んなわけねーだろ!と、思わず突っ込みを入れそうになったが、同時に、なんか嫌な予感が。

「ど、どうして、戻ってきたの?宇宙の果てに帰ったんじゃなかったの?えっと、M78星雲だっけ?」

「それは、ウルトラマンの故郷じゃろが?何をバカなことを言っておるのじゃ?」

こ、このじじい!M78星雲を最初に持ち出してきたのは、そっちだろうに!

「そんなことより、大変なことが起こっておるのじゃ!もう一度、おまえさんたちの力を借りねばならん!」

「えーっ、なんでよ?」

「今度は、わしの長男・・・、違った!魔王ルシファが問題を起こしおってな。おまえさんたちの力を借りたいのじゃ」

ほほう、魔女メデューサの次は、魔王ルシファと来たか。

「ふ~ん、息子さんもいたのね?」

「だ、だから、魔王なんじゃって。とにかく、すぐ出発じゃ。問題が起こっとるのは、銀河系の反対の星じゃがな」

「銀河系の反対・・・」

「足が八本ある連中じゃ。自意識過剰でな。変身ベルトを使いこなせる者がおらん」

ちょっと、待ってよ。銀河系の反対にある星で足が八本もある住人のところへ、どうして、地球から行かなきゃならないの?

まったく納得していないソラとセイジだったが、ユカだけは、興味津々の様子である。

「足が八本あるって、タコさんウインナーみたいな人たち?」

「おお、そうじゃ、タコさんウインナーじゃ。かぶりつくと、うまいぞ!」

もう、老師様、相手が小さな子供だと思って、また、適当なことを言う。ユカちゃんは、聡明な子なんですからね。あなどっていると、ケガをするよ?

「ソラ、どうする?」

半ばあきれたように、セイジが尋ねてくる。

「しょうがない、行ってやりますか」

ソラは答えた。

「おおっ、そうこなくてはな!」

まったく、老師様ったら、調子がいいんだから!

ソラは、口をとがらせながらも、心のどこかでうきうきしていた。

また、このメンバーで、冒険ができる。例によって、困ったことや大変なことが起こるかもしれないけど、それでもいい。

大好きな人たちと生きていけるなら、いいことも悪いことも全部ひっくるめて、この世は、ハッピーだ。

「ようし、エンジンを始動させるぞい!」

フェラーリ君のしょぼいコクピットにみんなして乗り込んだところで、老師様が、掛け声をかける。マフラーから黒い煙が吐き出されて、浮くと同時にガクンと機体が傾く。

本当に、こんなオンボロで大丈夫かしら?

ソラが、となりの席に座っているユカの顔に目をやると、好奇心に満ちあふれた瞳を返してよこした。

老師様は、操縦桿を握って、いつも通り怒ったような顔をしている。

セイジと目が合うと、彼は、にっこりと笑った。初めて出会ったころとは、百八十度変わったその笑顔に、ソラは、なんだか泣きたいような気持になった。

次の瞬間、フェラーリ君は、ソラやセイジの予想を裏切って、驚くべき高速移動に移った。

これ、やっぱり、れっきとした宇宙人の乗り物だったんだ!そう思ったら、今度はおかしくなって、笑いそうになる。

ソラの心は、まだまだ忙しい。そんな忙しい感情の波がソラを次の冒険へとかき立てる。泣いて、笑って、怒って、時には、真面目に自分以外の誰かに思いを寄せる。

ソラの進む宇宙は、果てしなく大きい。それは、彼女の心の大きさと、よく似ていた。

 

まだ、知らない自分へ。

新しい自分へ。

未知の世界へ向かって、さあ、出発だ!